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2023.12.31

将来への不確実な賭け? 〜ドイツにおける半導体工場建設

将来への不確実な賭け? 〜ドイツにおける半導体工場建設

2023年12月25日 吉岡綾子 ドイツ在住

 

「半導体受託製造で世界最大手の台湾積体電路製造(TSMC)は8月8日、ドイツ東部ザクセン州ドレスデンに、TSMCにとって欧州初の工場を建設する計画を発表した。
今回の投資計画でTSMCは、ボッシュ(ドイツ)、インフィニオン・テクノロジーズ(同)、NXPセミコンダクターズ(オランダ)と、合弁会社ヨーロピアン・セミコンダクター・マニュファクチャリング・カンパニー(ESMC)を設立し、共同で工場を建設する。工場運営はTSMCが担う。出資比率は、TSMCが70%、ボッシュ、インフィニオン、NXPがそれぞれ10%。投資総額は100億ユーロ超の見込みだ。TSMCは同日の取締役会で、ESMCへの最大34億9,993万ユーロの投資を承認した。欧州半導体法①に基づく補助金の欧州委員会による承認が完了次第、投資を実行する。ドイツ経済紙「ハンデルスブラット」(8月8日)は、連邦政府が「気候・変革基金(KTF)」から拠出する補助金額は50億ユーロに上ると報じた。」②
 
「ザクセン州は「シリコン・サクソニー(=ザクセン)」と呼ばれ、欧州におけるマイクロエレクトロニクスの一大集積地だ。欧州で製造するチップの3分の1はザクセン州で生産されている。1990年代後半からグローバルファウンドリーズやインフィニオンなどグローバル半導体メーカーがドレスデンに進出、300ミリメートルのウエハー開発などが行われてきた。」③
 
ドイツにおける半導体工場建設は2024年2月にそのピークを迎える。ボッシュ、インテルとここ数年、半導体工場建設が競い合うように立ち並んでいたがついに台湾の大御所TSMCの工場が完成する。舞台はドレスデンだ。政府補助金の額を見てもドイツ政府の入れ込みようが伺えるというものだ。日本における熊本工場建設と同じかそれに引けを取らないレベルで話題を集めており、そして期待されている大プロジェクトなのである。
 
半導体の重要性はここで語るまでもない。世間的な好感度は定量的に窺えるものではないが、メデイアの報じ方から推すに概して好意的である。日本人はこの記事を目にすれば自ずと熊本に建設中のJSMC半導体工場を連想することと思う。日本とドイツで半導体工場建設の時期が被っていることから、おそらくその抱える懸念材料も同質の物と見て構わないのではないだろうか?
 
かつて日の丸半導体と呼ばれた世界トップの日本の技術が衰退した経緯はここでは省くが、外資誘致が本当の意味でその復興になるのか?雇用は?経済は?外国人流入問題は?環境破壊の懸念は?様々な憂慮の声も無視できない。あくまで少数意見に過ぎないが日本ではこれら慎重論は論拠を持って報じられている。
 
ドイツではどうだろうか?ドイツ語でドレスデンへのTSMC工場建設へのネガテイブ要因を報じた記事を探してみたが日本のそれに比して圧倒的に少なかった。
 
【雇用】
雇用問題に関してビルト紙が建設予定現場で立ち退きに遭った中小企業社員が解雇に追いやられた記事を出してはいる④が、なんと言っても新工場は2000人分の新規雇用を謳っているので大きな問題にはなっていない。新規社員の需要を満たすための全てのインフラが必要になりこの地域が活性化する展望が大きいからだ。
 
【財政】
「国はこの2つの工場だけに150億ユーロの補助金を支出する。「この2つの投資によって地域経済全体が活性化し、他の部門やサプライヤーにも技術革新や新たな雇用が創出されれば、この投資は経済的に報われるでしょう」とドイツ経済研究所(DIW)のフラッツシャー氏。
将来への不確実な賭け? 〜ドイツにおける半導体工場建設
フラッツシャーは、ザクセン=アンハルト州とザクセン州という立地の選択について、「東ドイツが独自の経済モデルを発展させ、ドイツの他の地域との差別化を図るのに役立つ、将来への価値ある賭け」だと称賛した。しかし、そのためには、歓迎される文化、より良いインフラ、教育と技術革新へのさらなる投資が必要である。DIW会長は、これが熟練労働者を惹きつけ、投資を成功させる唯一の方法であると強調した。」だが同時に「計画されているチップ工場は(…)良いニュースだが、同時に将来への不確実な賭けでもある」
RWIライプニッツ経済研究所のクリストフ・シュミット所長は、「ドイツ経済がこの補助金によって期待されるほどの活性化を得られるかどうか懐疑的だ。」と述べた。
 
「同じ資金を研究開発、たとえば貯蔵技術や水素の輸入・輸送のためのインフラに投資した場合よりも」、補助金が長期的に国に利益をもたらすかどうかは疑わしい。」⑤
 
この背景には統一ドイツが現在にまで引きずる東西経済格差の問題がある。こちらのグラフは2017年時点ではあるが旧東西ドイツの収入格差を示している。1990年のドイツ統一から23年以上経った今も経済格差は依然としてあり、ドレスデンは古都でありながら最も復興の遅れている都市と言われていた。そのドレスデンを中心とするザクセン地方の活性化を今回の半導体工場が担っておりという訳だ。
 

【水供給と水質汚染】
「廃水の問題も議論を呼ぶ可能性がある。半導体産業は、そのシステムを冷却するために膨大な量の水を必要とする。ドレスデン市の排水システムによると、現在、Globalfoundries社、Infineon社、Bosch社、X-Fab社のチップ工場が州都の工業廃水の93%を占めている。チップ産業からの廃水量は、住民25万人分の消費量にほぼ匹敵し、増加傾向にある。
 
ドレスデンのヒルベルト市長は今日の記者会見で、「ドレスデンの北部地域に流入する容量はおよそ2倍になり、市の電力、上下水道の総量のおよそ50%を占めることになる」と述べた。
 
浄化槽に廃水を溜めている人は、多額の費用をかけて浄化槽を改造しなければならない。これは、エルベ・フレミッヒ廃水協会の新しい規則によるものだ。中央下水道への接続という選択肢は、コスト上の理由からキャンセルされた。」⑥
 
実際にエルベ・フレミッヒ廃水処理組合が廃水収集ピット改造に反対する抗議行動を行なっている。⑦
 
ドレスデン市広報は「ドレスデン自由州、州都、ザクセンエナジー社は共同で、持続可能で将来性のある水供給の基礎を計画し、その結果、ドレスデン市民のための高水準の供給安定性を維持しながら、急成長するチップ産業の発展の見通しを立てている。新しい河川上水道は、工業用水供給と飲料水供給を切り離し、貴重な水資源を保護する。同時に、ビジネスの立地が強化され、エネルギー転換と気候変動がもたらす課題に対応できる都市となる。」⑧と強調。
 
いかがだろうか?やはりドレスデン半導体工場誘致は日本のJSMC半導体熊本工場建設問題と双子の関係にある様に見えないだろうか?
ちなみに熊本では2024年末に完成予定、ドレスデンは2024年後半に着工、2027年に完成予定だ。(ドイツにはすでに稼働している半導体工場はあるからある程度の経験はあるといえる。)
熊本工場の成り行きをじっと見据えているはずだ。半導体生産に遅れを取るまい、欧州のシリコンバレー化の光と影が、先行する日本でどのような経過をとるか、国益に適う結果をもたらすかを目を凝らしているはずだ。
 

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