欧州議会選挙は民意を伝えるのか?
令和6年5月28日 吉岡綾子(ドイツ在住)
【欧州議会選挙前の暴風雨 ドイツ】
ドイツでは政治家を襲う襲撃事件が相次いでいる。1年間で計27件にのぼった昨年2023年だが、今年に入って早や23件を数えている。この5月だけでもSPD(社会民主党)欧州議会議員エッケ氏を始めとして3件もの身体的障害を伴う襲撃事件が起きている。①
多くのメディアはこれらの原因として、ソーシャルメディアに影響を受けた社会の対立とポピュリスト②による分断を挙げている。つまり、インターネットからの(誤?)情報に扇動された一般大衆がテロ行為を起こしている、というニュアンスである。
事実として、政府による極右?とされるグループへの締め付けは際立っている。今年1月27日にオラフ・ショルツ首相は「ネオナチとその闇のネットワークについて常時新規報告がある。それと同時に右派のポピュリスト達が台頭し、恐怖を煽り憎悪を撒き散らしている」と演説。③「民主主義を護るため」極右勢力の排斥デモを推奨し3月には全国警察内部の極右狩りを行った。④またドイツ全土でAfD(政党「ドイツのための選択肢」)を始めとする政治団体への数万人規模反対デモが各地で行われた。⑤TikTokにAfDの動画を挙げた女子高生が校長に通報された事件は巷でも物議を醸している。⑥2022年のライヒスビュルガーテロ未遂事件の公判も連日報道され⑦、1月にはナチスによるヴァーンゼー会議の再来と言われたAfDその他による謀議が報道された。⑧これら欧州議会選挙を巡る各党の動きや謀略の可能性についてはまとめて別記事に記すこととする。まさしくドイツ、春の嵐である。
これら全ての背後に6月7日から始まる欧州議会選挙がある。
【闘いの火蓋は切って落とされた】
闘いの火蓋は切って落とされた。
街中至る所に選挙ポスターを見かける。パブリックビューイングには「選挙に行こう!」キャンペーンが引っ切りなしに流れている。昨今、選挙率の低迷が嘆かれている欧州議会選挙であるが、筆者の観察では、世間の関心は大きいと思われる。ただし、世論は真っ二つだ。
現在の気候変動政策、平和(=移民受け入れ+ウクライナとイスラエル支持)活動を容認する現状維持派は、迫り来る極右(=移民排除+気候変動否定派)の台頭を何としても食い止めんがために。また移民同化絶対反対+気候変動詐欺暴露派はヒタヒタと押し寄せる新なるパンデミックを契機としたグローバリズムによる全体主義を命懸けで阻止せんがために。場外乱闘を含めたバトルをありとあらゆる層を巻き込みつつ闘っている最中だ。盛り上がらぬ理由はない。
【欧州議会選挙とは?欧州委員長は誰に?】
ストラスブールに本部を置く欧州議会では5年に一度欧州議会議員の選抜を行う。これはインドに次いで世界的規模の大きな選挙である。EUに加盟する全ての国で6月7日から9日にかけて行われ選挙権年齢(ベルギー、ドイツ、マルタ、オーストリアは16歳以上、ギリシャは17歳以上、他の国々は18歳以上)や被選挙権年齢(15カ国が18歳以上、9カ国が21歳以上、ルーマニアは23歳以上、アイルランドとイタリアは25歳以上)も各国異なる。投票が法的義務の国(ベルギー、ブルガリア、ギリシャ、ルクセンブルク)もあるが、大部分の加盟国においては義務ではない。在外投票を認めない国(チェコ、アイルランド、マルタ、スロヴァキア)もあれば、EU加盟国在住者に限定する国(ブルガリア、イタリア)、あるいはEU域外からでも認める国も多くある。事前投票が認められ、投票方法も、郵送、在外自国大使館・総領事館・領事館での投票、電子投票(エストニア)、代理人による投票まで認める国(ベルギー、フランス、オランダ)もあり実に様々。いずれの方法をとっても、投票は1回しか認められない。二重投票を阻止するため、各国は違反者に対する罰則規定が用意してある。また、小党分立を防止するため、最低得票率(足切り)を設けている国(フランスをはじめ9カ国が5%、イタリア、オーストリア、スウェーデンが4%、アイルランドが3%、キプロスが1.8%)もあるが、ドイツをはじめ13カ国は設けていない。
選挙結果の公表は、投票最終日の翌日、即ち6月10日に行われる。当選した議員候補は、院内における政治会派を結成するための交渉を行い、その上で、新欧州議会(2024年~2029年議会会期)は、7月16日~19日に第1回本会議が召集され、議長や副議長などの役職者を選出、任期5年の活動を開始することになる。
その間の6月17日にEU加盟各国の首脳たちは非公式に会合し、最終的には欧州理事会の特定多数決で欧州委員会委員長候補を正式に指名し、その案を欧州議会に送付する運びだ。現職のフォン・デア・ライエン欧州委員会委員長が、EPP(欧州人民党)の筆頭候補として推薦されており、再選されてさらに5年務めることが有力視されているが、あくまで欧州理事会と新欧州議会の判断次第である。⑨
【欧州議会選挙で民意は反映されるのか?】
因みに、各紙の選挙予測によれば、各国のポピュリズム政党が議席を伸ばすことになるものの、大勢に影響は無い、現欧州委員長もフォン・デア・ライデン氏の続投になるであろうとの観測がほとんどだ。
図1EU組織図
EU組織は図1の通りで欧州理事会、欧州委員会、EU理事会そして欧州議会からなっている。今回行われる欧州議会とは下院にあたる立法機関である。欧州議会は元々、EUの立法手続きにおいて諮問的な役割のみ担っていた。しかし、マーストリヒト条約(1993年11月発効)以降リスボン条約(2009年12月発効)に至るまでの度重なる基本条約の改正によって立法機関としての権限が強化され、多くの政策領域で、加盟国の閣僚レベルの代表で構成されるEU理事会と共同で立法権を有するようになった。特に人権擁護、環境規制、消費者保護など、「欧州市民の利益の増進に努め」るための変化であったということだ。
だがドイツ及びヨーロッパ全土に広まったトラックデモに代表される農民一揆、度重なるストライキ等は本稿➉で既に述べた通り、まさしくこのEUの環境全体政策に対する反発である。「極右」とレッテルを貼られた新興勢力はヨーロッパ各国で狼煙を挙げている。彼らはこれ以上不法移民を受け入れるべきでない、また気候変動を理由に農業や畜産、エネルギーを使用する全ての産業を止めてはいけないと真剣に考えており、一つでも議席を確保することでEUという有無を言わさぬ巨大な権力の「暴走」に歯止めをかけんとしている。
EU通貨統合・経済共同体発足より30年が過ぎた今、EUという統合された大きな組織に対して明らかにNOを突きつける声があがっていることに気づかずにはいられない。世論の分断はある意味の必然でありEUの本質を問い直す時が来た、と捉えるべきであろう。
EU議会選挙は30年の歴史の総決算を浮き彫りにすることとなる。
① 06.05.202 Hessenschau Hessischer Innenminister warnt vor Gewaltspirale
② ポピュリズムとは大衆迎合主義の意だがネガティブなニュアンスであり、最近ではAfDなどの反グローバリズム勢力を指すことが多い
③ 27.01.2024 tagesschau Scholz ruft zum Kampf gegen Antisemitismus auf
④ 04.04.2024 Spiegel 400 Polizisten stehen unter Extremismusverdacht
⑤ 17.02.2024 zeit online Tausende protestieren bundesweit gegen Rechtsextremismus
⑥ 18.03.2024 Polizei holt Schülerin wegen Pro-AfD-Video aus Unterricht – AfD-Politikerin von Storch zeigt Schulleiter an
⑦ 1)ライヒスビュルガーによるクーデター未遂事件とは? 2)公判記事20.05.2024 BR24 Das sollten Sie über den Reichsbürger-Prozess wissen
⑧ 11.01.2024 taz Entsetzen über Vertreibungs-Pläne
⑨ 07.05.2024 EU MAG 欧州議会選挙について教えてください
⑩ 30.01.2024 吉岡綾子「ドイツ農民デモは欧州連合に立ち向かえるか?」