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2021.04.03

【人民解放軍機による台湾の防空識別圏侵犯は、
米国・台湾関係を強くしたのみならず、中国包囲網形成を助けた】

2021/04/02 山田 学

 

2021/3/31 台湾軍事ニュースネット

昨年9月から人民解放軍機による台湾の防空識別圏侵犯の様子を観察してきた。戦闘機や爆撃機による侵犯日数こそ限られているが、プロペラの偵察機による侵犯は、無い日が珍しいほど連続している。中国側の思惑としては、「台湾の人心に不安を与える」こと、「台湾空軍を疲弊させる」こと、「徐々に事態をエスカレートし軍事的な陣地を広げる」こと、ではないかと思う。

それが達成されたかというと、台湾空軍の練習機・戦闘機の墜落事件に代表されるように、一部成功した部分もあるが、かえって米国・台湾間の関係を強め、民主主義国の危機感を高め、それが多国籍の中国包囲網に発展していくという逆効果を生んだのではないだろうかと分析している。ここでは、戦闘機による侵犯に絞って、現状を分析し、将来展望まで論じてみたい。

【戦闘機による防空識別圏侵犯の実態】
下の表は、昨年9月以降の、人民解放軍による戦闘機を含む編隊の防空識別圏侵犯の一覧だ。一番強力な侵犯は、昨年9月の米国国務次官の訪台が背景になったもので、唯一海峡の中心線を超えており、戦闘機数も32機と一番多い。2番目は米国バイデン大統領就任直後のもので、日数が6日間と長く、戦闘機数も30機と多い。3番目は、戦闘機/戦闘爆撃機計16機が侵犯した、今年2月19日のもので、これは、米国議会に台湾侵略防止法が提出されたことが背景だ。その他にも、昨年の米大統領選挙前日、アラスカでの米中会談後、米台海洋パトロール作業部会設立が背景になったものがある。

日数を見ると、昨年は4か月間で合計3日間の侵犯だが、今年は3か月で12日と大きく増えている。これは、アメリカの政権がトランプ政権からバイデン政権に代わったことにともない、新政権の対応を見極めているからだと分析している。

日付

日数

期間中合計機数

海峡中心線
越境

背景

戦闘機

爆撃機

低速機

2020/9/18

2

32

4

1

米国国務次官クラチ氏訪台

2020/11/2

1

6

0

2

米国大統領選挙前日

2021/1/23

6

30

8

10

米国大統領バイデン氏就任

2021/2/19

2

16*

2

3

米議会台湾侵略防止法提出

2021/3/22

3

6

0

2

アラスカでの米中会談

2021/3/26

1

12

4

3

米台海洋パトロール作業部会設立

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(記:戦闘機数には戦闘爆撃機を含む)

 

▲中国人民解放軍の戦闘機による台湾の防空識別圏侵犯―2020年9月より
(出典:筆者まとめ、元情報:台湾国防部)

【台湾に与えた衝撃】
昨年9月に32機の戦闘機や爆撃機が、台湾海峡の中心線を超えて防空識別圏を侵犯した時は台湾社会の不安感は頂点に達し、これは米軍が空母打撃群など海軍力を台湾近海に送るまで、なかなか収まらなかった。しかし、米軍の適切な対処もあり、戦闘機による侵犯があったからといって、その後の米台関係の進展を台湾国民が躊躇するということはなかった。また、香港の一国二制度の約束が反故にされたのを目の当たりにしており、「今日の香港・明日の台湾」の標語で、妥協しても展望はないという認識で国民が固まったのも大きいと思う。この点から見ると、「台湾の人心に不安を与える」という中国の意図は達せられなかったと思う。

防空識別圏侵犯が起こるたびに、台湾側から、迎撃の戦闘機が飛び立つ。それが度重なると、規模の小さい台湾軍の手が回らなくなり、残念ながら整備の手が落ち抜けたのか、昨年は、2回の事故で2機、2名の殉職者が出ている。今年は訓練中の衝突事故で2機、2名が殉職している。この点から見ると、「台湾空軍を疲弊させる」という目的は達成されたと言ってよいだろう。

【多岐にわたる素早い米国の対応】
米国の台湾を防衛する意思は固く、軍だけではなく、ワシントンの政府国務省や議会も幅広く速やかに対応している。項目が多く長くなるので要点を箇条書で述べてみると
・空母を含む米国太平洋艦隊・第7艦隊の海軍力を投入し、空母打撃群による演習や駆逐艦による定期的な台湾海峡の航行
・駐日米軍基地(嘉手納・三沢など)やグアム島の基地からの偵察機による台湾周辺の偵察
・解放軍機の侵犯時に、同一空域を飛行し牽制(国際航行権宣言)
・米国軍事産業による、駐台湾戦闘機整備支援プロジェクト室の設立
・B-1BやB-52爆撃機による、東シナ海の防空識別圏侵犯や南シナ海などの沿岸飛行
・米国国務省と議会による、台湾海峡を超えるミサイルや多連装ロケット弾など武器売却の許可
・米国議会が予算300万米ドルを含む台湾保證法を可決
・米国国務省が、全ての交流を米国在台湾協会(AIT)経由にする「連絡ガイドライン」を無効化
・台湾侵略防止法の米議会提出
・武器売却を包括的に許可するNATO Plus法を台湾に適用する法案の議会提出
・国連大使の台湾訪問(時間切れで実現しなかった)
これを総合すると、人民解放軍が「徐々に事態をエスカレートし軍事的な陣地を広げる」というどころか、なんとか侵犯を繰り返すことを維持しているが、相手を強くしてしまったという、戦略的な失敗ではないだろうか?

【中国の手詰まり】
人民解放軍が連日防空識別圏侵犯を繰り返し、政治的なイベント発生時には戦闘機や爆撃機を派遣してくるので、一見主導権を発揮しているようだが、実際は事態をエスカレートしようとするたびに、米軍による演習で、その意図をくじかれている。例えば、米海軍空母打撃群の大演習により、2月24日から27日までの4日間はプロペラの偵察機による侵犯すら停止をよぎなくされている。

侵犯してくる機種を見ると、戦闘機はJ-16、爆撃機はH-6が主力になっている。J-16は就役こそ2010年台と新しいが、J-11を基にロシアのSu-30を参考に開発されたもので、ステルス性がない第4世代の戦闘機だ。米軍や航空自衛隊が配備している第5世代ステルス戦闘機F-35A/Bとは比べようもない。爆撃機のH-6は初飛行が1968年と50年以上前のものだ。つまり、侵犯してくる機材は米軍や航空自衛隊の保有機からは1世代以上古い機材で、これが真に軍事的に台湾に脅威を与えるとは思えない。中国が宣伝しているJ-20という第5世代ステルス戦闘機は姿を見せていないので、なんらかの飛ばしてこられない事情があるのだろう。

【人民解放軍機による台湾の防空識別圏侵犯は、<br>米国・台湾関係を強くしたのみならず、中国包囲網形成を助けた】

▲中国人民解放軍のJ-16戦闘機(出典:台湾国防部)

【双方の多数派工作】
米中双方ともに味方を最大にし、相手以外の敵を最小にする多数派工作を行うことが、戦略的に見て勝利への道だと思う。それぞれの現状は次のようになっていると観測している。

中国側の多数派工作としては;
・韓国に圧力をかけ、「米韓2+2」の共同声明で中国に言及させなかった
・ヒマラヤのインド国境地域からの撤退
ヒマラヤ国境からの撤退は、一見敗北のように見えるが、西に存在するインドとの紛争を当面鎮静化し、米国との闘いに集中する、戦略的には正しい手だ。国連や国際機関で強力な支持を得る中国だが、実力の世界では、ほとんど賛同者がいないことが明確になっている。

米国側の多数派工作としては;
・「日米2+2」で中国を名指しで非難
・クアッドの活性化:首脳会議、国防長官のインド訪問、参加国での軍事演習など
・ファイブアイズ(米、英、豪、カナダ、NZ)各国との連携
・NATO軍(主として英、仏、独、蘭)との連携
・日米による、フィリピン・ベトナムへの能力構築支援
・インドとパキスタンの和解推進
と、中国に比べて、はるかに多くの国と連携を組み、いわゆる多国籍軍を構築しようとしている。これが成功しつつあるのは、台湾問題だけでなく、ウイグル民族ジェノサイド、香港民主化弾圧の影響もあるのだろう。また戦狼外交も戦術的には間違った方策だったと言える。しかし戦略的に見て一つ解せないのは、バイデン大統領による、「プーチンは殺人者」非難だ。これは中国の「米国に4つの敵を作り対応できなくする」という戦略に乗ってしまったように見える。つまり、ブリンケン国務長官や、オースティン国防長官は、対中国で正しい働きをしているが、不安要素はバイデン大統領個人ということになるだろう。

【今後の展開予測】
短期的に見ると、英、仏、独、蘭などNATO軍やカナダやニュージーランドなどファイブアイズ諸国軍がクアッドメンバーとともに南シナ海・東シナ海に集結すると言われている5月・6月が一つの山場だろう。これだけのメンバーが集まったからには、中国の意図をくじく何らかの成果を上げないと意味がないと思う。筆者の推測だが、南シナ海で中国が不法に占拠している礁嶼、特に国際司法裁判所が明確にフィリピンのものと判決をだしたスカボロー礁から人民解放軍を撤退させることが期待する成果候補の可能性に上がってくる。

この動きに対して、中国の取りうる戦略は、毛沢東・朱徳の理論を海に拡大したゲリラ戦、圧倒的な数の海上民兵による擬装漁船を現場に飛び込ませることだろう。実際3月下旬には、吹いてもいない強風を理由に、200隻以上のいわゆる漁船をスカボロー礁近くのユニオン堆に集結させている。また、バイデン政権が求める地球温暖化対策への協力で、妥協を引き出すことも高い可能性だ。少し俯瞰的に考えると、ステージを軍事力による力比べから、中国の得意とする超限戦やカネで票の買える国連・国際機関での泥仕合に持ち込むことで事態を中国有利に導くことができるだろう。

中・長期的展開予測は、台湾問題だけでなく、ウイグル民族ジェノサイド、香港民主化弾圧などを含めて考えなければならない。ウイグル問題がここまで大きくなった現時点で、米国側はもし「自由で開かれたインド太平洋」が実現したからといって、態度を和らげるとは思わない。ただ、民主主義国の宿命として、政権が比較的短期間で変わるので、その変化に付け込んだり、超限戦で変化を引き起こしたりするのが、中国の取り得る戦略であろう。
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『参考情報』
参考元(中国語・台湾):中華民国国防部即時軍事動態 、日付:複数日、中華民国国防部公式Web
リンク:https://www.mnd.gov.tw/Publish.aspx?p=77345

参考元(中国語・台湾):全面壓制中國!王定宇:美海軍部署60%兵力、6個航母群、三立新聞網、2020/09/10、
https://www.setn.com/News.aspx?NewsID=812167

参考元(中国語・台湾):F-5E失事》飛官墜海殉職 空軍:F-5機型全面停飛調查、自由時報、2020/10/29
https://news.ltn.com.tw/news/politics/breakingnews/3335604

参考元(中国語・台湾):台海軍情》F-16戰機性能提升交機19架 美軍專案辦公室進駐漢翔、自由時報、2020/12/05
https://news.ltn.com.tw/news/politics/breakingnews/3372044

参考元(中国語・台湾):解放軍頻越中線挑釁!美國2架「B-1B轟炸機」朝台飛來、三立新聞網、2020/09/25
https://www.setn.com/News.aspx?NewsID=820723

参考元(中国語・台湾):台灣飛彈比共軍艦還多!黃澎孝:台海將成中共海軍墳場、自由時報、2020/10/30
https://news.ltn.com.tw/news/politics/breakingnews/3337381

参考元(中国語・台湾):美國國會通過「台灣保證法」 待總統川普簽署生效、自由時報、2020/12/22
https://news.ltn.com.tw/news/politics/breakingnews/3388629

参考元(中国語・台湾):關係全面提升!龐皮歐宣布取消美台交往限制、自由時報、2021/01/10
https://news.ltn.com.tw/news/politics/breakingnews/3406601

参考元(中国語・台湾):中國警告「防止台灣遭侵略法案」?共機連兩天多批次襲擾西南空域、自由時報、2021/02/20
https://news.ltn.com.tw/news/politics/breakingnews/3444034

参考元(日本語):速報】 台湾、NATO Plus に加入か 米共和党議員が米下院で法案提出
https://hosyusokuhou.jp/archives/48898729.html

参考元(中国語・台湾):殲20飛行成本與美F22相當 引擎壽命卻僅1/4/中時新聞網/ 2019/03/26
https://www.chinatimes.com/realtimenews/20190326004517-260417?chdtv

参考元(英語):India-China disengagement at Pangong Tso to be over by this week、DNA、2021/02/15
https://www.dnaindia.com/india/report-india-china-disengagement-at-pangong-tso-to-be-over-by-this-week-2875479

参考元(英語):Indian PM Narendra Modi letter to Pakistani PM、ツイッター Sidhant Sibal 2021/03/24
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参考元(日本語):日米が中国を議論、海洋進出や人権問題 共同声明で懸念を表明、ロイター、2021/04/16
https://jp.mobile.reuters.com/article/amp/idJPKBN2B72TC

参考元(日本語);米韓2プラス2、声明は中国批判避ける 韓国の意向反映、アサヒディジタル、2021/03/19
https://www.asahi.com/articles/ASP3L7QKRP3LUHBI00W.html

参考元(英語):First Quad leaders’ meet today – focus on Indo-Pacific, COVID vaccines、DNA、2021/03/12
https://www.dnaindia.com/world/report-first-quad-leaders-meet-today-focus-on-indo-pacific-covid-vaccines-2880595

参考元(中国語・台湾):中秋台海不安穩!除了共機頻擾台 加拿大軍艦也北上通過、三立新聞網、2020/10/03、
https://www.setn.com/News.aspx?NewsID=824939

参考元(中国語・台湾):美國再向菲律賓捐贈軍用武器 包括狙擊裝備與C-130運輸機、中時新聞網、2020/12/08
https://www.chinatimes.com/realtimenews/20201208006713-260417?chdtv

参考元(英語):South China Sea dispute: Huge Chinese ‘fishing fleet’ alarms Philippines、BBC、2021/03/22
https://www.bbc.com/news/world-asia-56474847?xtor=AL-72-%5Bpartner%5D-%5Binforadio%5D-%5Bheadline%5D-%5Bnews%5D-%5Bbizdev%5D-%5Bisapi%5D

参考元(日本語):オーストラリアから、交代の偵察機と人員がやってきた、ツイッターやんずJapan, 2021/03/29
https://twitter.com/yanzu27/status/1376347773390315521

参考元(日本語):H-6 (航空機)、ウィキペディア
https://ja.wikipedia.org/wiki/H-6_(%E8%88%AA%E7%A9%BA%E6%A9%9F)

参考元(日本語):英メディア、英国が日米豪印4カ国の枠組み「クアッド」に参加の意向、産経新聞、2021/1/31
https://www.sankei.com/smp/world/news/210131/wor2101310002-s1.html

参考元(中国語・台湾):19年來首次!德國官員:8月將派護衛艦行經南海、自由時報、2021/03/03
https://news.ltn.com.tw/news/world/breakingnews/3454345

参考元(日本語):欧州がインド太平洋に艦艇派遣を拡大 中国警戒、日本経済新聞、2021/3/03
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODE035E20T00C21A3000000/

参考元(英語):7th Fleet Destroyer transits Taiwan Strait、米国海軍第7艦隊、2021/02/10
https://www.c7f.navy.mil/Media/News/Display/Article/2532377
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