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2024.07.07

公共の福祉 vs 個人の自由 — シンガポール版マイナンバーとは

公共の福祉 vs 個人の自由 — シンガポール版マイナンバーとは

2024年7月5日
大下千恵(シンガポール在住)

 
前回まではいかにシンガポール政府が国民を効率的に管理し、そして集めた富を国民に還元させながら建国わずか59年たらずで急激に国を発展させてきたかについてお話ししました。今回はその管理方法の1つシンガポール版マイナンバー(NRIC)についてです。
 
今日本でも問題になっているマイナンバーですが、シンガポールでは建国翌年の1966年からこのマイナンバーは存在します。全国民にNational Registration Identification Card(NRIC)が付与され、外国人居住者にもForeign Identification Number (FIN)が割り当てられIDカードとして携帯義務があります。カード上には国民ID以外に証明写真や指紋、生年月日、性別、民族などが記載されています。
 
2014年の建国記念日に開催される演説にてリーシェンロン元首相は、『スマートネーション政策』と題し、デジタル技術とデータを活用して国全体をスマートシティ化し、「より良い暮らし、より多くの機会、より強固なコミュニティ」を実現しようとする構想を掲げました。 そしてその一環として国民IDのデジタル化を早急に進め、IDカードから本人確認システムであるシングパス(Singpass)を普及させました。Singpassとは政府機関のサイトごとにバラバラであった認証方法の統一を目的として開発されたデジタルIDアプリです*。
 
このSingpassが政府の管理している様々なデータベースとリンクしていて、国民IDのほか、運転免許証番号、結婚証明書番号、子供の出生記録、所得税の申告、年金の管理そして公立病院の予約、支払いなど公的手続きに使用できるだけでなく、民間でも銀行の口座開設、クレジットカードの作成にもこのデジタルIDアプリ1つで申請ができ、それぞれの政府機関に出向くことなく携帯1つでどこからでも全ての手続きが完了する大変画期的で便利な政府系アプリです。このシングパスが導入されてからお役所仕事による手続きの待ち時間がなくなり、実際使用していて国民の生活の質の向上に繋がっていると実感します。
 
さらにシンガポールはスマートネーションを掲げてからわずか10年たらずで2024年の世界のスマートシティランキングのひとつであるIMD Smart City Index 2024でアジアの都市で最高位(東京は86位)、世界ランキングでも5位を獲得するなどデジタル最先端をいく都市の1つとして輝かしい成功をおさめています*。
 
公共の福祉 vs 個人の自由 — シンガポール版マイナンバーとは
 
国民管理ナンバーの問題点について?
 
しかしこのデジタル先進国のシンガポールでも2018年に情報漏洩問題がおこりました*。この国民IDを使用し、シンガポールでも医療情報がシングヘルスというデータベースで一元化されています。ここにすべてのシンガポールの公立病院の患者の既往歴、また服用している薬など医療情報が登録されておりますが、このデータベースに大規模なサイバー攻撃があり、前首相であるリー・シェンロン首相をはじめ約150万人の医療情報が流出するという事件がおきました。一国の首相の健康状態がもれることは安全保障上の大きな問題です。このIT先進国シンガポールですら、このような事態が発生してしまうわけですから、デジタル超後進国の日本の現状を考えると、安易に健康保険書をなくし、マイナンバーカードに切り替えると言うことにはもっと慎重な議論がなされる必要があるのではないかと思います。
 

コロナ禍中の国民IDによる管理体制は?
 
今回のコロナ禍中の行動制限をこの国民IDを使用してとても効率的にしていました。個人のスマートフォンにTrace Togetherというアプリをインストールし、それが国民IDとリンク、ショッピングセンターや、飲食店、更には職場などほぼ全ての建物に入館するのにもこのアプリを開きスキャンしてワクチン3回接種した認証が取れなければ入館ができなくなり、未接種者は必需品の買い物すらできない時期がありました。
 
公共の福祉 vs 個人の自由 — シンガポール版マイナンバーとは
 
シンガポールの未接種者率はわずか8%ですので、公共の福祉優先か個人の自由を尊重するかは個々の判断に委ねます。ただやはりこのIDの使用の仕方によっては個人の自由を奪い兼ねることにもなりかねます。日本ではコロナ禍中は自主規制で、シンガポールのように法律で管理、罰則を与えられることはなかったはずです。現在日本でも政府が必死にマイナンバーを導入しようとしていますが、もしまた別のパンデミックが発生、緊急事態条項法案が可決し施行された場合、政府がAppleに開発を委託しているマイナンバーアプリがないと社会的に機能できない状態に追い込まれないとも限りません。そうすると日本も当時のシンガポールのように個人の権利が法律で規制され、自由に買い物、職場にも出入りできない状態に簡単に陥ってしまう可能性もあり得ることを知っておいてください。
 
そしてシンガポールの元スマート国家戦略担当のビビアン・バラクリシュナン大臣は「SingPassは最終的には国境を越えて使用できる、国際的なデジタルIDやパスポートへ進化することでしょう」とも述べています。*
 
上述の発言からもしかしたら近い将来このIDを各国で共有し、国家という概念がなくなり、個人の主権の尊重が薄れ、そして国を超えたグローバルで一元管理されるのではという懸念もあります。
 
最後に
 
国土が狭く、資源に乏しいシンガポールは、常に国際社会における立ち位置を確保するために、国家としての競争優位性を模索しています。その一つの手段としてのデジタル化による生活の利便性の向上は使用方法によっては大変画期的であると日々実感しています。そして日本もシンガポールの強力なリーダーシップの元で推進されるスマートシティ政策から学べることは多くあると思います。
 
しかし日本の現状は、デジタル化、マイナンバー導入を謳った名ばかりのデジタル庁というリーダー不在の中、国民に何のためにまたどのようなメリットがあるのか全く説明がないまま強引に不透明な方法で推し進めていようにしか見えません。
 

* https://www.pmo.gov.sg/Newsroom/transcript-prime-minister-lee-hsien-loongs-speech-smart-nation-launch-24-november

* https://www.singpass.gov.sg/main

* https://www.imd.org/smart-city-observatory/home/rankings/

* https://www.nikkei.com/article/DGXMZO33227640Q8A720C1FF8000/

* https://www.tokyo-np.co.jp/article/330548

* https://singalife.com/category/26157/

 

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