2024.11.13
ショルツ政権の崩壊と米大統領選出
リントナー氏とショルツ氏
令和6年11月12日 吉岡綾子(ドイツ在住)
【トランプの勝利〜喜んでいるのはAfDだけ】
2024年11月6日、ドイツ首相オラフ・ショルツ氏は米国第47代米国大統領に選出されたドナルド・トランプ氏に対して歓迎の辞を述べた。
-ドイツと米国は、大西洋の両側の繁栄と自由を促進するために、長い間協力して成功してきました。私たちは国民の利益のためにこれを継続します-(1)
ショルツ首相がトランプの再選を歓迎していたなど考えられない。ウクライナ停戦を始めとしてトランプ氏の選挙公約は何もかもショルツ氏率いる連合政権の歩みと相容れないものであったからだ。メディアもこの演説を冷ややかに見ているのがよく分かる。
-首相はトランプ大統領の選挙勝利を祝福した。ドイツの政治家たちは、この国にとって今後は困難な時代が来ると予想している。喜んでいるのはAfD(ドイツのための選択肢)だけだ。-(2)
欧州議会選挙と直近の州議会選挙で大敗を期したショルツ連合政権(SPD・緑の党・FDP)は現在、大きな岐路に立たされている。ショルツ首相は、連立政権の崩壊を受けて、2025年3月に前倒し総選挙を実施する意向を示した。契機となったのはショルツ首相によるリントナー財務大臣の解任劇である。今ショルツ氏には米国大統領新任を祝っている余裕などないのである。
【リントナーからの「絶縁状」】
11月6日夜から連立与党間で行われた会議で、ショルツ首相は、財政が逼迫している自動車業界やウクライナへの追加支援目的で155億ユーロ(約2兆4800億円)の国債を追加発行する方針を打ち出した。
これを「法的に問題ない」と主張する首相と「この段階で、債務ブレーキの枠外で200億ユーロも新たな借金をすることは許されない。」と緊急財政出動を拒否するリントナー財務大臣。二人の対立は修復不能に陥ることとなる。
ドイツの憲法(基本法)は、連邦政府に対し国内総生産(GDP)の0.35%を超える財政赤字を禁止している。例外措置としての債務ブレーキは、自然災害など想定外の事態が発生した時のみ連邦議会の承認を経て解除することができる。ドイツではコロナ禍の2020~2023年に債務ブレーキを一度解除したことがある。しかし昨年11月に連邦憲法裁判所によってこの時の予算流用が違憲判決を受けたばかりである。
リントナー氏は「かつて財務大臣だったショルツ氏は、違憲判決という失敗の後始末を、全て私にやらせている」と不満を述べた。更に11月1日、首相やハーベック経済気候大臣と事前に協議することなく、ドイツ経済を建て直すための政策提言書を作成していたことが明らかになった。この提言書は、公的年金支給額の実質削減、富裕層のための減税、法人税の引き下げ、温室効果ガス削減目標の緩和や、再生可能エネルギー拡大目標の修正など、緑の党とSPDが受け入れられない内容を含んでいた。ドイツのメディアはこの文書が「リントナー氏が連立政権を離脱する覚悟で書いた絶縁状」と呼んでいる。
「世界的なパイオニアであるはずのドイツが、自国の経済をできるだけ早く気候変動に左右されないものにしようとし、その結果、回避可能な経済的ダメージと政治的動揺を招くようでは、温暖化防止の役には立たない」-(3)
首相は11月6日の記者会見で、「リントナー氏は、党の利益を優先して私の提案を拒否した。これまでも、彼は何度も財政措置に関する私との合意を拒否し、私の信頼を裏切って来た。もはや彼とともに信頼に基づいた共同作業はできない」とリントナー氏の解任を明らかにした。
しかしリントナー氏の解任は彼一人の離脱を意味しない。リントナー氏の解任を受けFDP(自由民主党)閣僚は、デジタル大臣(FDPを離脱)を除いて連立政権を離脱した。
【過半数割れによる連立空中分解】
メルケル前首相の後を継いで2021年に成立した三党連立政権はかくの如く瓦解した。現在連邦議会の議席数は733。そのうちFDPの離脱によってSPDと緑の党の議席数は324に減った。つまりショルツ政権は過半数=367を失って、少数派政権となったのだ。同政権は、野党の協力なしには法案を議会で通過させることができなくなった。-(4)
これを受けショルツ首相は、来年1月15日に首相信任投票を連邦議会で実施すると宣言。この投票で過半数の議員の信任が得られない場合、首相は連邦大統領に対し議会の解散を求める。連邦大統領は21日以内に連邦議会を解散させる。つまり2025年3月末までに連邦議会選挙が行われると予想されている。本来2025年9月に予定されていた連邦議会選挙が、約6カ月前倒しされることになったのだ。-(5)
一方、政府の支援策を今か今かと待ち望んでいるのはいるのはドイツ製造産業だ。3月末では間に合わないとする声すら出ている。現在ドイツの経済状況は未曾有の危機的状況だ。フォルクスワーゲンは国内工場3つを閉鎖、更に大規模なリストラ計画を発表しドイツ全土に衝撃を与えた。-(6)
国際通貨基金による2023年のドイツの実質GDP(国内総生産)成長率はマイナス0.3%で、G7諸国の中で最低だった。今年の実質GDP成長率もマイナスまたは0%になる可能性がある。来年前半には、失業者数が290万人を超えるとの予想すら出ているのだ。-(7)
今年初めにドイツGDPが日本を抜き世界第3位に躍り出たと言うニュースがテレビを賑わせた頃、筆者は目の前の現実から目を背けるべきでないと言う辛口論評を行った。-(8) あれからまだ一年も経っていない。総選挙で政局は新たなスタートを切る。しかしドイツ産業の逼迫の状況が変わるわけではない。
ショルツの思惑通りに財政出動を敢行し一時を凌ぐ新政権が誕生するだろうか。目下の下馬評では現在支持率一位に返り咲いたCDU(キリスト教民主同盟)が党首メルツによって導かれるであろうとのこと。水面下で行われる連立交渉、どこと組むことになるかは未だ不明だが、ここまでドイツ経済を落ち込ませる原因を作った政策を本質に基づいて抜本的に変えることが必須ではないだろうか?財政出動はバケツの穴に水を注ぐようなものだ。
エネルギー政策、ウクライナ支援、移民これらに正面から向き合う者こそ本質的に求められる救い手であるはずだ。
今、選挙公約に「ウクライナ戦争を止めさせる」と断言したトランプ大統領が本当にそれを実現できるかどうかに世界中の注目が集まっている。
ドイツこそ今を逃す手は無いのだ。
それに気づいている政治家に国の舵取りを任せる、今それが出来る辣腕の持ち主がいればの話だ。
(1) ドイツ連邦政府公報
(2)06.11.2024 Frankfurter Allgemeine
(4) ドイツ連邦政府公報 国会議席数
(5) 08.11.2024 BR24 Countdown zur Neuwahl: Welche Szenarien denkbar sind
(6) 28.10.2024 MDR.DE Betriebsrat: VW will mindestens drei Werke in Deutschland schließen
(7) prognos