2021.05.30
習近平を取り巻く権力闘争(中編)
2021/05/30 橋本 秀行
前回、習近平を取り巻く権力闘争(前編)(https://www.sanseito.jp/translation/1659/)では、主に習近平派閥(太子党)と、元国家主席の江沢民派閥(上海閥)との権力闘争に焦点をあてたが、※中編では、もう一つの派閥、前国家主席の胡錦濤氏(以下、胡氏)が属している中国共産主義青年団(以下、団派)との三つ巴の権力闘争も交えながら、現在まで続く習近平氏(以下、習氏)を取り巻く権力闘争について書き綴っていきたい。
前編で、薄熙来氏(以下、薄氏)関連の事件を発端とした権力闘争について書き綴ったが、その薄氏の職務が停止された3日後の2012年3月18日早朝に、もう一つの大きな事件が起きていた。それは、胡政権時代、政権の大番頭(党中央弁公庁主任/日本でいう官房長官に近いポジション)で、第一次習政権では、25人で構成される政治局員に昇格することが規定路線と言われていた令計画氏(以下、令氏)の息子で“次男”ある令狐古氏が、某富豪から借りた高級外車フェラーリでスリップ事故を起こしてしまったという事件である。
この事故により、令狐古氏は即死、同乗していた女性2人の内、1名は後に死亡、1名は体に障害が残る結果となった。当時、まだ胡政権であったため、直ぐに報道規制が敷かれたが、令氏の政治局員抜擢に反対していた江氏率いる上海閥からの「令が権力を私物化し、事故を揉み消そうとした」との糾弾を受け、事件を揉み消すことが出来なくなっていた。
追い討ちをかけるように、「令氏一家が『基本国策=一人っ子政策』に違反していたというもう1つのスキャンダルまで明らかになった。“次男”というからには必然、長男も存在するという事実が、事故を機に一挙に広まった。長男、令狐剣氏と交遊する党中央の若手中堅幹部の1人によると『清華大学卒業後、北京市東城区政府に就職したが、今はほとんど出勤せず商売に奔走している』という。ちなみにこのクラスの高官子弟になると、『電話1本あれば全国あらゆる地域のプロジェクトに口利きするだけで巨万の富を手にできる』とか。」(「」引用部分)
この事件により、団派の令氏をいずれ共産党政治局常務委員(以下、チャイナセブン)に送り込むという胡氏の野望も潰えた。その令氏の代わりに党中央弁公庁常務副主任に就いた栗戦書氏(以下、栗氏/習派閥)が、現在の第二次習政権(2017年‐現在)のNo.3の座に就いている事実からも、令氏の失脚が団派の人事戦略に打撃を与えた事は否めないだろう。
また、令氏の弟である令計画氏が米国に亡命時、約2,700点に及ぶ中国共産党指導部(習氏含む)の海外における不正蓄財に関する書類を何かあった時のために令氏から託されていたが、結果的に、2016年7月に令氏に無期懲役の判決が言い渡された事からも、当時の米国政府と習氏の間で何らかの取引があったのではないかと筆者は考えている。
加えて、団派の中で、令氏の次の世代のホープといわれていた胡春華氏は、第一次習政権で、若干49歳という若さで政治局員入りし、ポスト習近平との呼び声も高かったが、第二次習政権の時にチャイナセブン入りする事が出来ず、いかなる重要ポストも与えてもらっていない。
さらに、胡春華氏と同年代で、共に第一次習政権で政治局員入りし、胡春華氏よりポスト習近平の可能性が高いと言われていた孫政才氏(以下、孫氏)は、温家宝氏(前首相)の後ろ盾を下に、順調に出世していった団派のもう一人のホープであった。実際、薄氏失脚の後釜に就いた孫氏は、このまま順調に行けば、第二次習政権でチャイナセブン入りが確実視されていた。
しかし、孫氏の夫人が属していた「婦人倶楽部」は腐敗の巣窟、また、重慶市の公安トップであった何挺氏(当時)とともに汚職に手を染めていたことからも、孫氏が起訴されることは時間の問題だったかもしれない。実際、2018年5月に収賄罪で無期懲役の判決が下されており、孫氏の代わりに登用された陳敏爾氏が習近平派閥という事実からも、江沢民派閥をあらかた片付けた後に、団派の次世代の目を早めに摘んでいく習氏の戦略が垣間見えてくる。
※前回の前編のときに、本稿を後編とする予定でしたが、区切りが悪い事と、後編で書く予定であった、「習近平を取り巻く権力闘争‐後編(香港編)」をじっくり書きたいという意図から、本稿を中編とし、来月、その香港編を後編という形で投稿する予定です。
出典 : BBC/2015/07/20
https://www.bbc.com/news/world-asia-china-33598873
(一部参照)
【参考URL】
1. HUFFPOST 「胡錦濤の大番頭・令計画を失脚させた「2つの大スキャンダル」」
https://www.huffingtonpost.jp/foresight/2_25_b_6371606.html
2. 産経新聞 「孫政才氏の失脚の背後に何があったのか 習近平一派と胡錦濤一派の合作か これでポスト習近平は固まった」
https://www.sankei.com/article/20170727-PVQPHOZGPNI2LIG4KBH3M4QIZY/3/
3. 日本経済新聞 「「ポスト習近平」候補だった無期懲役の令計画氏」
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO04699980R10C16A7000000/?unlock=1
4. 産経新聞 「胡錦濤・前国家主席の最側近の弟、米で亡命手続き 機密資料2700点持ち出しか?」
https://www.sankei.com/article/20150810-SBUT5KBY5NIIDGRG4XVAEALVRQ/2/
5. South China Morning Post 「China issues formal charges against former Communist Party star Sun Zhengcai」