2021.06.27
自由で開かれたインド太平洋の日欧
2021/06/27 飛高祥吾
米中の対立が深まるにつれインド太平洋地域とその安定というテーマは重要性を増しつつある。プレイヤーは近隣諸国にとどまらない。欧州(EUまたは一部の加盟国)もまたキー・プレイヤーとなっており、インド太平洋における日欧の協力は今日では重要なテーマである。
ただし日欧の間には差異があることに気をつける必要がある。日欧はたとえ志を同じくしていたとしても戦略上の優先順位に違いがある。この違いを理解して確実に協力可能な分野で協働していかなければ日欧のパートナーシップが適切に発揮されない可能性がある。これからのインド太平洋の安定というテーマのためには日欧の相違はあれども互いに協力可能な分野を明確に理解することが必要である。
IFRI(フランス国際関係研究所)のリサーチ・フェローであるセリーヌ・パジョン氏は3月12日のレポートでこの問題を扱っている。
欧州がインド太平洋地域の安定にコミットメントする要因は大きく2つある。第一にインド太平洋上の動向によって左右される、欧州自身の安全保障や貿易上の利益のためである。第二に米国からの圧力に応じる必要があるためである。バイデン政権は競争を平準化し最終的に北京を出し抜くためには欧州のコミットメントが必要だと考えている。
反対に欧州もまた米国を必要としている。つまり欧州にとって戦略上の優先順位や緊急性がインド太平洋以上に勝る近隣地域の安定のために米国のコミットメントを必要としている。ロシアへの牽制や中東やアフリカの安定、テロリズムとの戦いのために米国が必要だと考えている。これらの地域への米国のコミットメントを確保するためにインド太平洋についての米国側の求めに応じざるをえない。
日本は一帯一路構想など、1945年以降の世界体制に挑戦しようとする中国の圧力を直接受ける立場にある。そしてこの圧力は時に軍事力という形で発揮される。したがって現状として同盟国である米国との協力が最優先となる。
日欧ともにインド太平洋の一国支配体制は望んでいない。米中を含んだ多国間による多極的秩序の形成を望んでいる。しかし日欧間にはこの米国に対する態度について違いがある。この相違が多国間による秩序の形成を志向していく時、日欧が互いに違和感を感じる原因となってくる。
欧州は確かに米国を必要とし米国の求めに応じる必要がある。しかし同時に米国からの戦略的自律性が欧州の重要な政策目標である。
日本は、欧州が戦略的自律性を重視するあまり結果として米中間でそれぞれに対して等しい距離をとってしまうことを懸念している。つまり欧州が、インド太平洋において志を同じくする国々による連合体を形成する上で妨げになってしまう可能性があることを懸念している。
反対に欧州は、日本が同盟国である米国の便宜にプライオリティを置きすぎてしまう可能性を懸念している。トランプ政権下では貿易や気候変動など欧州と米国の利益が食い違ってしまうケースが見られた。欧州はグローバル・アジェンダを推進するための日欧の協調が時に損なわれてしまうと考えている。
ただし根本的には日欧はお互いのコミットメントを必要としており米国にとってもそれは同様である。 欧州はアメリカからの戦略的自律性を重視しているので同時に多国間によるイニシアティブの育成に力を注ぎ、インド太平洋においては日本を含む地元のパートナーとの協力を望んでいる。
東京はワシントンの軍事力やブリュッセルの人権及び自由主義といった規範や価値観によって中国を牽制することを希望している。なぜなら日本は能力的にも政治的にも制約があり主要な経済的パートナーであり強力な隣人でもある中国とあまり対立的に振る舞うことは得策ではなくその余裕もないと感じている。
したがって日本はインド太平洋地域における日米欧の最適な連携を可能にするための橋渡しの役割を果たすことを望んでいる。 日欧の置かれた立場には違いがあり戦略上の優先順位にも違いがある。日欧はパートナーシップのために互いにこれらの優先順位の違いを認識しかつ認める必要がある。重要なのはこの相違点にもかかわらず日欧ともに協力可能な分野が存在することだ。
互いの優先順位を無視した過剰な期待は現実とのギャップのために効果的な協力を妨げる要因となりえる。そうではなく協力可能な分野をよく理解しその分野で協力していく必要がある。コミットメントやパートナーシップの信頼性のためには具体的な成果が必要なのである。 パジョン氏は日欧が協力可能な3つの分野に言及している。
1つ目は海洋安全保障である。
海洋安全保障は利害のあるすべての国にとって最低限の共通事項である。 EUはすでに西インド洋上で国境を越えた犯罪に対処している。またジブチには自衛隊拠点がありアデン湾での海賊に対処する国際的な取り組みに参加している。ソマリア沖での海賊行為に対処するEUのアタランタ作戦においては日本とEUは共同演習も行っている。アデン湾やソマリア周辺地域の国々の海事能力開発について日欧は共に豊富な経験を持っている。これらの活動を調整し日欧はインド洋における海事能力開発のイニシアティブを確立することができる。
2つ目は連結性(コネクティビティ)のスキームである。
日本とEU間の連結性パートナーシップに加え、日欧は東アフリカやASEAN、南アジア、南太平洋でのそれぞれの活動の間で相乗効果や補完性を確立し互いの協力を発展させることができる。また日本は、日米豪のインフラ投資パートナーシップやブルー・ドット・ネットワークなどのいくつかの連結性に関するイニシアティブにすでに参加している。東京はこれらを欧州の人々に宣伝し、関心があれば参加を促すこともできる。
加えて、日本とEUはデジタルコネクティビティの分野で重要な役割を果たすことができる。これは新しいルール作りの分野である。EUは既にデータ保護の分野でリーダーでありEU一般データ保護規則(GDPR)はモデルとして機能している。日本は、信頼ある自由なデータ流通(DFFT:Data Free Flow with Trust)の概念を明確にし、2019年のG20サミットではグローバルに受け入れ可能な規範を設定しレジームの断片化を回避するデータ・ガバナンスのための大阪トラックを設定することで、データ・プライバシーの点で米国とEUのアプローチを橋渡しするよう努めてきた。この点で日欧は米国との協力に向けて努めることで、中国への影響力を高めることができる。
3つ目は法の支配の促進である。これは自由主義的な原則と規範とりわけ海洋法の推進と保護を意味する。
2014年のEU海洋安全保障戦略は、EU加盟国の海軍が航行の自由を支援するために海上で戦略的役割を果たすことを推奨している。インド太平洋上に領土や排他的経済水域(EEZ)が存在するフランスは2014年以来東シナ海や南シナ海に艦船を派遣し、日本とも西太平洋や南太平洋、ベンガル湾で定期的に演習を行っている。また2021年にはドイツも南シナ海を通過してフリゲート艦を日本に派遣させる。日欧はこのようなミッションを活用して交流を多元化し正しい政治的シグナルを送る必要がある。
外交面では法律戦が重要になる。つまり政治的目標のために法律を利用することに対して対抗する必要がある。日本、フランス、ドイツ、英国は既に中国の海洋法の解釈や南シナ海についての主張に抗議する口上書を国連に発行している。
最後にパジョン氏は日米欧による三国間の調整を促進することの重要性をあらためて指摘する。インド太平洋に関する三国間対話は情報を共有しお互いに対する期待のギャップを回避する。これは協力における優先順位やそれぞれの比較優位性を保持するための優先順位を特定しイニシアティブの重複を避けるために不可欠である。
[原典]