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2021.07.31

インドの教育制度改革―『National Education Policy 2020』から―

2021/07/31 小林充明

 

以前にも紹介したように、現在インドはモディ政権の下で「古いインド」から「新しいインド」へと強力に移行しようとしている。今回は2020年に制定された『National Education Policy 2020』(以下NEP2020) [1]の序文からインドの教育の基本政策の考え方を見ながら、新しいインドへ向かうための教育政策を一部紹介する。

 

まずNEP2020は、来るべき世界に必要な人材を次のように述べている。すなわち、「世界では、知識を取り巻く状況が急速に変化している。ビッグデータ、機械学習、人工知能の台頭など、さまざまな科学技術の劇的な進歩により、世界中の多くの熟練を要しない職業が機械に引き継がれる可能性がある一方で、熟練した人材の必要性が高まっている。特に数学、コンピュータ科学、データ科学などのスキルを持った人材が必要とされている。

 

気候変動、人口増加および天然資源の枯渇のために、我々が世界のエネルギー、水および食料の確保、ならびに衛生へのニーズを満たすためのやり方はかなり変化するだろう。そこで再び新たな熟練の労働力、とりわけ生物学、化学、物理学、農業、気候科学および社会科学の知見が必要になってくるのである。またますます増大する伝染病やパンデミックによって、伝染病の疾病管理やワクチンの開発への研究のコラボレーションと、その結果生じる社会問題を解決するために学際的な学習が必要となる。」と。そしてインドが先進国、なにより世界3大経済大国の仲間入りを果たすためには、人文科学や芸術的成熟が注目されるため技術大国としてだけでなく文化大国化への道のりをも視野に入れている。

 

そのためにこれからインドが拓くべき教育制度は「実際、急速に変化する雇用情勢やグローバルなエコシステムの中で、子どもたちが単に学ぶだけでなく、いかに学ぶべきかがますます決定的に重要になってくる」と指摘し、「批判的に考えて問題を解決する方法、創造的で学際的な方法、斬新に変化する分野で新しい素材を革新し、適応し、吸収する方法を学ぶことに移行しなければならない。

 

教授法は、経験的で、全体的、統合的、探究的、かつ発見的であり、学習者中心でディスカッションベースの柔軟なそしてもちろん楽しいものに進化させなければならない。」と説明する。教育は「人格を形成し、学習者が倫理的、合理的、思いやりのある人間になれるようにすると同時に、有意義で充実した仕事に就けるように準備しなければならない」とまとめている。

 

NEP2020は、インドの伝統や価値観を踏まえつつ、SDG4 [2]をはじめとする21世紀の教育の意欲的な目標に沿った新しいシステムを構築するために、規制やガバナンスを含む教育構造のあらゆる側面を見直し、刷新することを提案している。一人ひとりの創造的な可能性を伸ばすことを特に重視している。識字能力や計算能力などの基礎的な能力に始まり批判的思考や問題解決などの高次の認知能力、さらには社会的、倫理的、感情的な能力や気質をも教育で育成しなければならないという原則に基づいている。

 

古代から脈々と続くインドの知識と思想という豊かな遺産は、知識(Jnan)、知恵(Pragyaa)、真実(Satya)[3]を追究することが常に人間の最高の目標であると考えられていたということである。古代インドにおける教育の目的は、現世での生活や卒業後の人生の準備としての知識の習得だけではなく、完全なる自己実現と解放のためのものであった。インドの多様な社会、文化、技術的ニーズ、他に類を見ない伝統的な芸術、言語、および知識、ならびに強い倫理観に関する知識をインドの若者に植え付けることは、国家の誇り、自信、自己認識のために重要である。

 

NEP2020では、こうしたインドの伝統的な人生観に基づき、健全な倫理観と価値観を持ち、合理的な思考と行動ができる善良な人間を育成することを教育の目的としている。「合理的な思考と行動ができ、思いやりと共感、勇気と回復力、科学的な気質と創造的な想像力を持ち、健全な倫理的基盤と価値観を持つ善良な人間を育成すること」が最高の目標である。そのための優れた教育機関とは、すべての生徒が歓迎され大切にされていると感じられ、安全で刺激的な学習環境があり、幅広い学習体験が提供され、優れた物理的インフラと学習に役立つ適切なリソースがすべての生徒に提供されている機関である。

 

NEP2020制定から1年経ち、モディ政権の教育改革が加速していく中で、次の政策が推し進められるようである。令和3年7月29日付のFirstpost紙に公開された以下の記事[4]からその骨格を見ることにしよう。これらの取り組みは、NEP 2020の目標実現に向けた大きな一歩となり、学習環境を変え、教育を総体的なものにし、Atmanirbhar Bharat(自立したインド)のための強固な基盤を構築するための指針となる理念である。

 

①Academic Bank of Credit:これは、高等教育を受ける学生に複数の入退出の選択肢を提供する。

②地域言語による工学プログラム:今後、初年度の工学プログラムを地域言語で行う制度や、高等教育の国際化のためのガイドラインが提供される。

③Vidya Pravesh:小学校1年生を対象とした3ヶ月間の遊びを中心とした入学準備モジュール。

④インド手話。インド手話が中等教育レベルの科目として導入される。

⑤NISHTHA 2.0:NCERT(教育研究訓練に関する国民評議会)が考案した教員養成の統合プログラムである。

⑥SAFAL:Structured Assessment For Analyzing Learning Levelsの略で、CBSE(中央中等教育委員会)の3年生、5年生、8年生を対象としたコンピテンス基盤型の評価フレームワークである(知識、能力、態度といった統合的目標に基づいて学習効果を評価し、達成しようとする)。

⑦人工知能:特化したウェブサイトが首相によって開設される。

 

ここでNISHTHAについて追記すると、これは初等教育段階のすべての教師と学校長の能力を高めることを目的とした「総合的な教員研修を通じた学校教育の質の向上」能力開発プログラムである。NISHTHAで期待される主な成果は以下の通りである[5]。

①生徒の学習成果の向上。

②充実したインクルーシブな教室環境の構築[6]

③教師は、第一段階のカウンセラーとして、生徒の社会的、感情的、心理的なニーズに注意を払い、対応できるようになる。

④生徒の創造性や革新性を高める教育法としてアートを活用するためのトレーニングを受ける。

⑤生徒の全体的な成長のために、個人的・社会的な資質を開発・強化するためのトレーニングを行う。

⑥健全で安全な学校環境の構築

⑦教育、学習、評価におけるICTの活用

⑧学習能力の開発に焦点を当てた、ストレスのない学校ベースの評価を開発する。

⑨教師は、体験ベースの学習を採用し、暗記学習からコンピテンシー基盤型の学習[7]へと移行する。

⑩教師と学校長が、学校教育における新しい取り組みを認識する。

⑪学校長は、新しい取り組みを促進するために、学校の学術的・管理的なリーダーシップを発揮するようになる。

 

インドは今までに紹介してきたDigital Indiaに向けた知識情報社会へ移行しようとしており、NEP2020からそうした社会において必要な人材の資質を十分に検討し、単なる知識の詰め込み教育だけではなく、問題解決型で創造的な人材を育てようとしていることが分かる。NISHTHAは、教育側の構造改革であり、様々なトレーニングプログラムが用意されている。我が国も来るべきICTとAIが主流になる社会において、それに適応し育成する人材の開発が必要であろう。

(了)

 

[1]https://www.education.gov.in/sites/upload_files/mhrd/files/NEP_Final_English_0.pdf

[2]SDGはSustainable Development Goalの略であり、我が国では、「持続可能な開発目標」と訳しているが、17の目標からなるので総称として SDGsと表記することが多い。ここでは、4番目の教育分野の目標を指し、「すべての人に包摂的かつ公正な質の高い教育を確保し、生涯学習の機会を促進する」というものである。SDGsの全体像については以下を参照。https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/sdgs/pdf/SDGs_pamphlet.pdf

[3]詳しくは以下を参照。https://www.dailypioneer.com/2020/sunday-edition/in-pursuit-of-jnan–pragyaa-and-satya.html

[4]https://www.firstpost.com/india/academic-bank-of-credit-vidya-pravesh-and-other-academic-initiatives-narendra-modi-set-to-launch-all-you-need-to-know-from-9846941.html

[5] https://itpd.ncert.gov.in/mod/page/view.php?id=504

[6] インクルーシブという言葉は、包括的なという意味であり、ここでは障碍者も健常者も同じ教室で学ぶ環境を構築することが期待されている。詳しくは、https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/siryo/attach/1325884.htmを参照。

[7]「何を知っているか」ではなくて、知識を利用して「何ができるか」というのがコンピテンシー基盤型の学習である。より詳しくは、https://www.nier.go.jp/kankou_kiyou/146/b02.pdfを参照のこと。

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