2022.05.06
米国の国債購入から読み解く各国の思惑① ~ロシア・トルコ・サウジアラビア~
2022/05/06 橋本 秀行
2022年2月24日、ロシアがウクライナへ軍事進攻してから既に2ヶ月が過ぎている。その間、様々な情報が錯綜しているが、ロシアの米国国債の購入・売却額や時期等経済的指標からも米国とロシアの関係を垣間見ることが出来ると筆者は考えている。
図表①
上記図表①は2014年と2018年にロシアが米国債を大幅に売り抜いていることを示している。2014年に関しては、2月のマイダン革命後[1]、3月にロシアがクリミアを併合。その間、同年2月に約1,260億ドル(12兆6千億円/1ドル100円換算(以下同様))あった米国債保有額を3月に約260億ドル(約2兆6千億円)売り抜いて、米国債保有額を約1,000億ドル(10兆円)まで減らしている。
また、2018年には米国の制裁強化を懸念して、1月に約970億ドル(9兆7千億円)あった米国債を同年12月には約130億ドル(1兆3千億円)まで減らしている。日本経済新聞によると、『ロシア中央銀行のナビウリナ総裁は米国債売却の狙いについて、外貨準備を多角化する政策の一環で、金融、経済、地政学など全てのリスクを考慮したと説明した。金を買い増しており、保有量が10年で10倍に増えたことも明らかにした。脱米国債を進める一方で、地政学リスクによって価値が左右されにくい金の保有でルーブルの信用力を高め、通貨価値を守る狙いとみられる。』
実際、前年(2017年6月)の外貨準備金に占めるドルの割合が46%だったのに対し、直近の2022年1月の外貨準備金に占めるドルの割合は半分以下の22%に低下している。一方、外貨準備金に占める金の割合が同期間比較で16%➡23%に上昇している。さらに中国の人民元に至っては、同期間比較で0%➡12%と、一気にその比率を上げている。
図表②
また、金価格はリーマンショックが起こった2008年辺りから上昇しており、図表③からも分かる通り、2008年1オンス約872ドルだった金価格が2021年には倍以上の約1,800ドルまで上昇している。そういった背景から、ロシアのプーチン大統領は金の保有率を段階的に上げつつルーブルの価値も高めていきながら最終的には金本位体制を模索していると考えられる。
図表③
次に、図表①が示す通り、ロシアと共に米国債をすでに売り抜いているもう1つの国であるトルコについて綴っていきたい。話は2015年に遡る。同年11月にロシア軍の戦闘機が領空侵犯したとして、トルコ軍の戦闘機がロシア軍戦闘機を撃墜する事件が起こった。その時、「これは第3次世界大戦になりかねないな。」と、当時の事件の背景を克明に追って行ったのを筆者は今も覚えている。
事件の詳細については割愛するが、朝日新聞によると、その緊迫した状況を『劇的に転換させたのは、シリア内戦をめぐる歩み寄りだ。国連主導の協議が停滞するのを横目にアサド政権を支援するロシアとイラン、反体制派を支えるトルコが両者の和平協議を主導。異なる戦闘勢力への影響力を背景に一定の停戦を実現させ、過激派組織「イスラム国」(IS)に対する掃討作戦が進んだ。トルコは、敵視する少数民族クルド人の武装組織が米国の支援を受けシリア北部で支配を広げるのを止めたい。ロシアは欧米が正統性を認めないアサド政権の存続を国際的に認めさせたい。シリアで影響力保持を狙う点で利害が一致した。』
結果的にはこの事件をきっかけに第3次世界大戦には至ることはなく、筆者もほっとした記憶がある。しかしその後、2016年7月にトルコ国内でのク―データ未遂事件[2]が起きた。この事件を首謀したとされるイスラム指導者のギュレン師はアメリカ在住で、このク―データ未遂以降、トルコのエルドアン政権からの身柄引き渡し要請を受けている。トランプ政権は2018年11月辺りにトルコへの送還を一時検討していたが、2022年5月現在もその身柄引き渡しは行われていない。そして事件が起こった翌年の2017年にトルコは米国債を全て売り切っている。
最後に、トランプ政権時(2017年1月-2021年1月)には米国債を買い増ししていたサウジアラビアも21年から段階的に米国債を償却してきている。サウジアラビアに関しては、2015年初頭から現在に至るまで続いているイエメンの内戦で、暫定政権側を支援しているサウジアラビアと反政府でイランから支援を受けているフーシ派との内戦問題を抱えているが、バイデン政権へと政権交代した後(2021年1月~)、そのフーシ派がサウジアラビアにミサイル攻撃を行っても厳しい措置を取らなかったりで、イランの核合意[3]への懸念も考えられる。
実際、イランに厳しい対応を取っていたトランプ前政権時にサウジアラビアは米国国債を買い増ししている。日本経済新聞によると、『トランプ前政権は対イラン制裁を一貫して強化してきた。新米国安全保障センターによると、米国は2020年に777個人・団体に制裁を科した。このうちイラン関連は336で、19年より6割増えた。トランプ前政権は、イランがウラン濃縮や弾道ミサイル開発の停止など12項目の要件に応じるまで経済制裁を強めると主張し、イランに譲歩を迫っていた。』
このように、今回説明してきた3か国の米国債の購入額や時期を読み解いていくと、米国との関係性を垣間見ることが出来る。この法則は今回の3か国だけでなく、日本や中国にも当てはまる。次回は、その日本と中国に焦点を当てながら記事を書いていきたい。
1. マイダン革命:2014年2月に親ロ派と欧米派が対立して「マイダン革命」というウクライナの首都であるキエフ(キーフ)の真ん中の広場で民衆が何日にもわたってデモをして、それに対して警察部隊が発砲するとそこにロシアも介入。その後、親欧米派の政権が誕生したが、この政権はNATOへの加盟を非常に強く意識した政権だったので、プーチン大統領はそれに対抗してクリミア半島に侵攻してクリミア半島を併合。
2. トルコ国内でのク―データ未遂事件:2016年7月15日クーデタ未遂事件は、軍部内で(国内最大のイスラム運動である)ギュレン派に繋がりのある大佐級の将校たちが中心となって引き起こされたと見なされている1。直接の引き金は、ギュレン派将校を粛清するための大幅な逮捕拘束が7月16日に予定され、それを察知した対象将校が決起したことである
3. イラン核合意:イランと6カ国(米・英・仏・独・ロ・中)が2015年7月に結び、国連の安全保障理事会でも決議された。正式名称は「包括的共同行動計画(JCPOA)」。合意内容は、イランが濃縮ウランや遠心分離機を大幅に削減し、これを国際原子力機関(IAEA)が確認した後、見返りとしてイランへの経済制裁を段階的に解除するというもの。
【参照URL】
U.S. DEPARTMENT OF THE TREASURY :
【参考URL】
1.VOX EU 「Russian sanctions: Some questions and answers」
https://voxeu.org/article/russian-sanctions-some-questions-and-answers
2.World Gold Council 「Gold Demand Trend」
https://www.gold.org/goldhub/research/library
3.Bank of Russia「International Reserves of the Russian Federation 」
4.ニッセイ基礎研究所 「通貨覇権を巡る攻防~ドル基軸通貨体制の持続可能性は?」
https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=66296?pno=1&site=nli
5.朝日新聞 DIGITAL「ロシアとトルコなぜ蜜月 「一触即発」からわずか3年」
https://www.asahi.com/articles/ASLD76HPPLD7UHBI03B.html
6.日本経済新聞「ロシア、米国債を大量売却 制裁強化を懸念か」
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO33168780Z10C18A7FF8000/
7.AFP BB News「米、ギュレン師のトルコ送還検討を認める カショギ氏殺害とは無関係と主張」
https://www.afpbb.com/articles/-/3197920
8.田中貴金属「金価格推移」