2022.05.31
日米半導体同盟の提案
2022/05/31 山下 政治
半導体を巡って米中間での国防安全保障の観点から議論が巻き上がっている。3月に「台湾の半導体支配と両岸関係の影響」、5月には「米中半導体のデカップリングコスト」と題したレポートが相次いでワシントンD.C.に本部を置くシンクタンク戦略国際問題研究所から発表された。
「ロシア・ウクライナ戦争は、中国による台湾侵攻の可能性を世界中に知らしめた。国際商品市場が混乱する中、台湾は半導体サプライチェーンの重要な拠点であり、台湾製半導体に依存する世界経済にとって、中国の侵攻は計り知れない影響を与えることになる。[1]」と、台湾の製造する半導体チップは今や世界経済には欠かせない電子デバイスである。コンピューターのみならず家電からおもちゃ、自動車に至るまで半導体チップは重要不可欠部品であり、チャイナ共産党による台湾侵攻がある場合、台湾を要とするサプライチェーンが世界的に中断される恐れがある。
台湾の半導体産業は1980年代から台頭、ファンドリーと言われる半導体チップの製造専門工場を展開し、米国のチップメーカーであるインテルやテキサスインスツルメンツなどの下請け工場として発展していった。製造技術を磨き上げ高歩留まりで製造をすることにより利益を上げる。これにより半導体の製造技術は他国と比較すると格段に上がった。TSMC (Taiwan Semiconductor Manufacturing Company)は今や世界最先端の半導体製造技術を持つ会社となった。米国の半導体王者であるインテルが7ナノメートルノードのチップ製造が未だ立ち上がらないのに対してTSMCは3ナノメートルノードの細線化プロセスを既に立ち上げ操業しているのである。(2022年5月現在)米国のチップメーカーは製造を台湾に委託してきたため製造能力が低下し「1990年には世界市場の約40%を占めていたのが、2022年には約12%にまで落ち込む[1]」と言われている。
台湾は半導体チップを世界中に提供している。台湾の半導体製造に世界の製造業は依存しているため、チャイナが台湾に対して軍事行動を起こした場合、「各国は軍事的、経済的、外交的に台湾を支援する傾向にある[1]」この理論を「シリコンシールド[1]」と唱える者もいる。
欧州や米国ではこの懸念を払拭するための努力をしている。欧州では「2030年までに世界の半導体製造市場でのシェアを倍増させるために、430億ユーロ以上の公的・民間資金を動員する法案を起草した。[1]」米国はチップメーカーが製造強化するための「CHIPS for America ActとFABS Actについて、議員たちが議論を続けている。[1]」しかしチップのサプライチェーンを完全に現地化することは、巨額な投資によりエンドユーザーへの価格が高騰するため「魅力的な目標ではない[1]」とボストンコンサルティンググループはレポートを発表している。半導体産業協会の試算によれば現地サプライチェーンの構築には「少なくとも1兆ドルの先行投資が必要で、産業全体の年間経常運用コストは450億~1250億ドル増加し、チップ価格は全体で35~65%上昇する[2]」
とは言え国防安全保障を考えるともはや戦略物資である半導体はコスト云々ではなく自国でのサプライチェーンの構築は必須である。
実は台湾の半導体メーカーの創業者はチャイナから資金を得て台湾で半導体工場を建設したのである。前述の世界最先端製造技術を持つTSMCは上海フランス租界の青幇の首領から資金提供されている。青幇とはアヘン、賭博、売春を主な資金源とする秘密結社である。いわゆるたちの悪いヤクザだ。またTSMCの創業者モーリス・チャンの部下であったリチャード・チャンはチャイナに半導体製造会社SMIC(Semiconductor Manufacturing International Corporation)を創業し両社ともチャイナ共産党配下のHuaweiにチップを供給している。Huaweiはトランプ政権下において米国からの輸出規制企業リストに入っている会社である。SMICは江沢民派の上海実業集団からの資金提供のほか台湾の半導体メーカーであるWinbond社からも資金を得ている。
この関係を見るとチャイナが台湾へ侵攻することはないのではないか?と言うよりもはや半導体産業においてはチャイナと台湾は一つのチャイナではないか、と考えられる。チャイナの南京にあるTSMC工場は100%台湾本社のTSMCが株式を持っている。チャイナでは外資系企業は必ずチャイナ共産党員がある程度の株式を持たないと会社の設立はできない。なぜTSMCが100%株式を持ってチャイナで会社設立できたのか?それは、TSMCはもともとチャイナから資金提供された会社だからである。
これがどんなにコストがかかろうとも半導体製造をTSMCに依存してはならず、自国での半導体サプライチェーンの構築が必要な理由である。
なお、筆者は1990年代に上記リチャード・チャンとは半導体製造装置の開発を一緒に行った経験がある。
既存のサプライチェーンからのデカップリングコストは前述のように巨額な費用がかかるものであるがチャイナの場合、さらに莫大な費用がかかる。これは半導体製造に必要なツールや製造装置を米国と日本の二国が握っていてチャイナはこれら設備を完全輸入依存しているためである。これらの製造装置の輸出規制が発動すればチャイナは独自で開発・製造しなければならず、このコストは膨大なものとなり、開発までの時間も20年くらいはかかるであろう。
「半導体チップは、ほとんどすべての現代電子機器と新興技術に力を与える不可欠なハードウェアとして、米中戦略的ライバル関係における重要な地政学的資源として浮上している。[2]」そこで筆者はこの価値観に基づき、チャイナへの対応として今こそ日本の出番があると考える。いまや見る影もなくなった日本の半導体製造ではあるがその技術的ポテンシャルは現在もなお非常に高いものを持っているのだから。「今後、米国の国家安全保障は、国内の技術革新、サプライチェーンの弾力性、輸出規制による中国の半導体産業の減速を優先させ続けるだろう。[2]」と結論付けしているレポートだが、米国のカウンターウエイトである日本をサプライチェーンとして日米半導体同盟を構築すればもはや台湾の半導体チップに依存することはない。
1986年、日米半導体協定に縛られ終焉させられた日本の半導体産業ではあるが、今後は戦略物資である半導体を日米にて開発・製造・技術を補完し合い、上記レポートでも結論つけている“中国の半導体産業の減速を優先させる”ことを実現するため具体的な政策を実行することだ。
(了)
参考文献
[1] CSIS, March 22, 2022 https://www.csis.org/blogs/perspectives-innovation/taiwans-semiconductor-dominance-implications-cross-strait-relations
[2] CSIS, May 25, 2022 https://www.csis.org/blogs/new-perspectives-asia/costs-us-china-semiconductor-decoupling
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