2020.10.21
過激派テロへ新法案、フランスの葛藤
2020/10/21 飛高 祥吾
フランス国内で相次ぐイスラム過激派によるテロ事件を受けマクロン大統領は10月2日に行われた演説の中で新しい法案について言及した。この法案はフランス国内で人々をイスラム過激派に導く勢力や現象をイスラム分離主義と名付け、フランス共和国の原則であるライシテ(世俗主義/非宗教性)に基づき厳しくそれに対処するためのものである。法案は12月9日に閣議に提出される予定である。
演説では、まずイスラム過激派によるテロが続発するフランスの状況について、その原因がライシテにあるのでもなく、またイスラムにあるのでもないことが強調された。その上で問題をイスラム分離主義にあるとしこれを厳しく糾弾した。マクロンはこの分離主義を意識的で理論化された政治的、宗教的なプロジェクトであるとも述べた。
その後、この法案の内容となる5つの柱について言及した。
第一に、公共サービスの中立性の強化。公務員だけでなく、いままで曖昧であった民間委託業者の従業員に対しても中立性が求められることになる。
第二に、フランス国内の団体について。閣僚評議会による団体の解散事由に、これまでのテロ行為、人種差別、反ユダヤ主義に加えて個人の尊厳の侵害や心理的または身体的圧迫なども含まれることとなる。また補助金を申請する団体は必ずフランス共和国の価値を尊重する署名を行う必要がある。
第三に、学校教育。3歳からの学校教育の義務化。家庭教育は健康上の理由に制限される。また、共和国の価値観を教えるためにELCO(出身言語・文化教育)の中止。
第四に、国内のイスラムと協力してフランスのイスラムを外国勢力の影響から解放すること。啓蒙的イスラムを確立しフランス国内でイマーム(イスラム指導者)や知識人を養成すること。
第五に、フランス共和国への愛を取り戻すこと。質の高い教育、文化、スポーツを展開することにより出自や宗教に関係なく誰もがフランス国民の生活を享受し居場所を見つけることができるようにすること。以上がマクロン大統領の演説である。
これを受けてアルジャジーラは即日、トルコ外務省は10月5日にこの演説を反イスラムであるとして懸念を表明した。逆にサウジアラビアのメッカに本拠をおくムスリム世界連盟は12日にイスラム過激派を糾弾しつつマクロン大統領に同意を表明した。
その後、10月16日パリ郊外で男性教師が首を切断されて殺害される事件が起きた。容疑者の男は自身のツイッターのアカウントに被害者の頭部写真とともにマクロン大統領を「異教徒の指導者」と名指しする文面を投稿していた。
ライシテとは1905年の政教分離法をもって確立されたフランス共和国の原則であり現在のフランス共和国憲法においても第一条で言及されている。1905年の政教分離法成立時において問題とされたのはカトリックとの関係であり、近年問題とされているのはイスラムとの関係である。
しかしマクロン大統領は演説において今回の法案をあくまで1905年に確立されたライシテの強化でありフランス共和国の原則をより強固にするものであると明言している。問題はフランスのライシテでありフランス国内の治安と安全性である。この点においてマクロン大統領の言い分はまったく正当であり否定されるべきものではないだろう。
しかし「啓蒙的イスラム」や外国の影響から切り離された「フランスのイスラム」といった表現は常に危険性をはらむ。たしかにマクロン大統領はイスラム分離主義をイスラムから明確に区別した。しかし、これらの表現は、その区別を無効化してその本来の意図をこえて、つまりフランス国内のムスリムがフランスの法と理念を遵守し尊重するということ以上の意味に受け取られる危険性をはらむ。
懸念されるのは、それがイスラムに対する侮辱や挑戦とうけとられ一種の宗教戦争と理解されることである。問題は現実にフランス国内のテロを減少させていくことである。マクロン大統領にはとりわけその表現において硬軟を取り混ぜた舵取りが要求されていることになる。
【出典】
Séparatisme religieux : les annonces d’Emmanuel Macron
【参照】
La République en actes : discours du Président de la République sur le thème de la lutte contre les séparatismes. | Élysée
Macron says Islam ‘in crisis’, prompting backlash from Muslims | France | Al Jazeera
【外務省、マクロン仏大統領のイスラム関連の法案に抗議】
【ムスリム世界連盟の事務総長、マクロン氏の「イスラム分離主義」演説を受けて過激派を糾弾|ARAB NEWS】