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2023.06.23

半導体技術をめぐる戦争

半導体技術をめぐる戦争

2023/6/21 山下 政治

 
米中対立の中で先端技術である半導体は地政学的にも大きな問題へと発展している。『Chip War: The Fight for the World’s Most Critical Techinolgy』(半導体戦争:世界で最も重要な技術をめぐる戦争)の著者であるクリス・ミラー氏の語る、経済・軍事・地政学的パワーの基盤となる半導体についてのレポートが今年3月に国際問題評議会から発表された。クリス・ミラー氏の著書『半導体戦争』は米国フィナンシャルタイムズ紙において「Businiss Book of the Year」に挙げられ、さらにエコノミスト誌とニューヨーカー誌においても「Book of the Year」に挙げられている。
 
クリス・ミラー氏はロシアを研究する経済史家でもあり以下のように述べている。
「私はある国が特定の先端技術を生み出せるのに他の国がそうでない理由を理解したかった。ロシアは、技術的に関して特質的な実績を持っている。優秀な科学者がいて素晴らしい教育システムがあり、人工衛星を初めて打ち上げた国、原子爆弾を二番目に爆発させた国など、技術的には成功した国でもある。[1]」
たしかにロシアは技術的には素晴らしい実績を残していることは事実だ。クリス氏は「しかしコンピューティングの発展は、もちろん試みたことではあるが、実績を残すことはできず、むしろ失敗してしまった[1]」。 その理由をミラー氏はこう語る。
「その理由を探ってみるとコンピューターを生み出す最先端半導体チップの製造ができなかったことが大きな理由であることがわかりました。[1]」
クリス氏は先端半導体の製造能力の有無が国力をも決定するパワーを持っているのだと言う。
目のつけどころが面白い。中南米諸国やアフリカ諸国とくらべロシアは遥かに先端技術立国ではあるのだけれど、40年以上半導体畑で仕事をしている筆者もロシア製半導体は見たことはない。今思えば世界で最初に宇宙へ飛び出したのはロシア(当時はソ連)だ。その頃当然ロシアにはコンピューティング技術はあっただろうと察するのだが。
 
現時点において半導体の代名詞ともいえる存在であるTSMCは「世界で最も重要な企業」とも呼ばれているらしい。TSMCがどのようにして現在の地位を築いたのか、また他社にないものは何なのかをクリス氏は;
「現在TSMCは世界で最も先進的なプロセッサーチップの90%を生産し、台湾の企業は、世界が毎年追加する新しいコンピューティングパワーの30%以上を生産している。TSMCが世界最大のチップメーカーに上り詰めたのには2つの理由がある。まず、自社でチップを設計せず他社が設計したチップを製造するというユニークなビジネスモデルを考案したこと。そしてチップの製造に特化したことで他のどの企業よりも高度なプロセスを身に付けたことです。現在最先端のチップを製造できるのは世界でもTSMCだけです。[1]」と語っている。
クリス氏の指摘どおり、高度なプロセス技術を身につけたのはTSMCだ。これを裏付ける確認を筆者は取った。ある日本の半導体メーカーの話だ。TSMCに製造委託していて便宜上そのメーカーでも依頼した仕様のチップを作っておく必要があるのだが、できないのだ。日本は半導体製造開発をおよそ20年間放置し、その間に製造技術は大きく水を開けられてしまったことは否めない。
 
チャイナの台湾侵攻はあるのか、と巷のニュースで連日報道されている昨今だ。チャイナによる台湾を封鎖、攻撃した場合の米国のリスクについてクリス氏は;
「台湾製チップへのアクセスが途絶えることは大恐慌以来製造量の生産に最悪の影響を与える。現在ほとんどすべての電子機器にはチップが搭載されている。スマートフォンの生産台数は世界の半分以下に落ち込む。アップル社が使用するものを含む多くのPC用プロセッサは現在台湾でしか製造できない。データセンターで人工知能アプリケーションを動かすグラフィックプロセッサーチップはほとんど台湾で作られている。この影響はシリコンバレーに止まらない。車載用半導体チップはローテクプロセッサと呼ばれる線幅45ナノメートルに関しては31%が台湾で製造され、さらに23%がチャイナである。2020年から続くチップ不足による自動車製造が滞ったことによる自動車メーカーが学んだことは、ある車が1つのチップを除いて必要なチップ全て持っていたとしてもそれはまだ完成ではなく何千台もの“ほぼ完成した車”を製造施設に置いておく以外なかった、ということです。[1]」
 
台湾の地政学的リスクを鑑み製造拠点を移そうとした場合どのくらいの時間がかかるのか、クリス氏はこう続けた;
「台湾が危機に陥った場合、チップを作るための半導体製造装置の供給には限りがあるため製造拠点の移設には何年もかかるでしょう。しかも半導体製造装置にも先端チップが搭載されている。今回のチップ不足の際も半導体製造装置を製造する企業では必要なチップが揃わず遅れが生じたと報告されている。台湾での製造能力を補うには何年もかかりその遅れは世界の製造業に数兆円の損失をもたらすでしょう。[1]」
 
今や台湾一国による半導体製造が世界の経済を握るところまできている。米大統領が台湾の防衛に乗り出すかどうかという極めて重大な決断を迫られた場合、台湾製チップへの米国の依存はその判断材料として重要か、またそうあるべきかについてミラー氏は;
「半導体と、それが可能にするエレクトロニクス産業が如何に今後の世界のあらゆる製造業に依存することは判断材料として組み込まれることは間違いない。しかし米国は最初の半導体が発明される以前から台湾を防衛することにコミットしてきた。台湾海峡の平和を守ることは、チップの供給を確保することよりも遥かに重要なこたである。[1]」と述べた。
 
米国はCHIPS法を可決し半導体製造に5兆円以上の投資を決めた。TSMCをアリゾナに誘致し、またTSMCは日本を含むいくつかの施設を開設することを表明した。台湾という地政学上のリスクを分散することにより懸念されるチャイナによる台湾侵攻の場合、米国が防衛に乗り出すことを回避しようとしているようにも思えるCHIPS法だと考えることもできる。
かつては日本も半導体では世界を席巻した実績がある。日本においても米国のCHIPS法に準ずる法案を可決し日本製半導体製造を経済および国防安全保障の観点から国策として捉えTSMCを始めとする外国製半導体とのデカップリングを促進して行くよう政府には強く求めたい。
(了)
 
参考文献
[1] COUNCIL on FOREIGN RELATIONS January 3rd, 2023
 
画像
https://www.microsemiresearch.com/

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