2023.08.13
ブリティッシュ・カウンシルと孔子学院は何が違うのか
写真:ブリティッシュ・カウンシル
【連載】孔子学院問題
第2回:ブリティッシュ・カウンシルと孔子学院は何が違うのか
令和5年8月6日
藤野 はるか
あなたがキャリアアップのために英会話のスキルを上げたいと思ったとき、どのような英会話学校を選ぶだろうか。日本には多くの英会話学校があるが、ある程度の英語力がある人がさらに上を目指して選ぶ学校の一つが東京・神楽坂にあるブリティッシュ・カウンシルだ。ここは民間会社が運営する一般的な英会話学校と異なり、英国政府により設立された公的な国際文化交流機関で、外国での英語の普及や英国と諸外国の間の教育・文化交流を行っている。英国以外にも、フランスはアリアンス・フランセーズ、ドイツはゲーテ・インスティチュートという組織で政府公認の語学学校を運営している。
公的な国際文化交流機関という意味では孔子学院もこのカテゴリーに属するといえるが、中国共産党の下部組織である孔子学院が他国のそれと同じということはあり得ない。本稿では、その観点から論じてみたい。
2017年4月に発行されたレポート”Outsourced to China”において、NASは孔子学院を英国のブリティッシュ・カウンシル、フランスのアリアンス・フランセーズ、ドイツのゲーテ・インスティトゥートと比較し、以下のように指摘している。
「もし中国がアメリカの学生に中国語や中国文化を教えたいなら、ブリティッシュ・カウンシルのような独立型の組織を設立すべきである。外国政府は大学に干渉してはならず、その大学の信頼や評判にただ乗りしてはならない。」
Outsourced to China by Rachelle Peterson | Report | NAS
この指摘は、孔子学院がブリティッシュ・カウンシルとは違う目的で設立されたこと、中国にとって孔子学院は独立型の組織であってはならず、大学の中に入り込むことを国家戦略として意図していることを示唆している。ブリティッシュ・カウンシルは、自らの活動目的を以下のように述べている。
「ブリティッシュ・カウンシルの目的は、外国でその国の人々に英国についての一般的なことがら、哲学や生活習慣などを知ってもらい、親しみをもって理解してもらうことである。その結果として、英国の外交政策に共感や理解を得ることである。」
Our history | British Council
これはいわゆる「ソフトパワー」、すなわち軍事力、経済力に頼らない相手国への影響力の構築である。NASは「ソフトパワー」の構築自体については肯定している。
「結局のところ、すべての国は友好国、敵対国を問わず、外国に対して自国の印象をよくするために最大限の努力をするものだ。」
では、孔子学院の何が問題なのだろうか。それは外国の大学に「入り込んでいること」と運営母体が「中華人民共和国教育部の下部組織」である中国国家漢語国際普及指導班弁公室(英:the Office of Chinese Languages Council International、通称はthe Hanban、以下「漢弁」という)であることだ。孔子学院は、受け入れ大学(英:host university)、中国の提携大学(英:Chinese partner university)、と漢弁の3者によって開設、運営されている。この結果、受け入れ国の大学には以下のような悪影響が出ているとNASは指摘している。
「1.知的自由の侵害:孔子学院は、公式な漢弁の方針で、言論統制を含む中国の法律を遵守することが求められる。孔子学院の教員はすべて漢弁を通じて中国共産党政府に雇用され、給与を支払われ、説明責任を負うため、中国にとって都合が悪い話題を避けようとする。またその影響で、アメリカ人の教授からも自主規制の圧力を感じるという報告がある。」
これにより、大学の自治が大きく損なわれた事例がアメリカの大学に限らず、数多く報告されている。まず、孔子学院が設置されている大学では「チベット」「台湾」「天安門事件」は三大タブーテーマである。たとえば孔子学院が設置されているノースカロライナ州立大学は、2008年、ダライ・ラマを招待するイベントを計画していたが、孔子学院のスタッフの抗議により中止された。2009年にもダライ・ラマを招待する計画があったが、結局漢弁の顔色を窺って招待を断念したという。同じような事例はフロリダ州の大学でも報告されている。アメリカ以外でも、2013年に英ガーディアン紙が報じたところによると、シドニー大学(オーストラリア)では、ダライ・ラマを招待して行われたイベントが学外に追放されたうえ、主催者は大学のロゴを使用すること、メディアの取材を受けることを禁じられた。
近年では上記の三大タブーテーマに「香港の民主化運動」が加わったようだ。孔子学院を設置しているクイーンズランド大学(オーストラリア)では、2020年、香港の民主化を求め、学内での中国の影響力についての批判を繰り返してきた20歳の男子学生が停学処分を受けた。
Student Activist in Australia Is Suspended After China Protests – The New York Times (nytimes.com)
ここまで来るともはや異常としか言いようがない。オーストラリアでトップ5に入る歴史ある名門大学が、そこで学ぶ学生よりも、海外の独裁政権の主張を優先させているのだ。
プリンストン大学(ニュージャージー州)のペリー・リンク名誉教授(東アジア研究)は「アメリカの大学教授たちは、たとえ(孔子学院からの)目に見える圧力がなくても、法輪功や台湾の独立について話してはいけないと分かっているので、自主規制をするのです。そうしさえすれば、漢弁とのトラブルは起きないと分かっているからです。そしてそれが、アメリカの大学の知的自由にとって、もっとも大きな問題なのです」とコメントしている。
つまり、大学内の孔子学院はその存在だけで、とてつもない言論弾圧「効果」があるのだ。神楽坂のブリティッシュ・カウンシルの隣には東京理科大学のキャンパスがあるが、所在地が隣である以上の何物でもない関係だ。ブリティッシュ・カウンシルは東京理科大学に何らの影響も及ぼし得ない。
「2.透明性の問題:受け入れ大学と漢弁との契約、運営資金についての取り決め、孔子学院職員の採用方針などはほとんど公にされていない。孔子学院について調査を行っているNASとのミーティングをキャンセルしたり、NASのキャンパス内への立ち入りを禁止するなどして、NASを可能な限り避けようとする大学も存在する。」
「3.複雑な関係性の中心的存在:孔子学院は中国との関係において複雑な組織の中心的存在になっている。孔子学院があるアメリカの大学には、授業料を全額支払う中国人留学生、海外で勉強するアメリカ人学生のための奨学金が集まる。経済的な理由で中国を喜ばせる必要がある大学はますます中国の政治について批判することが難しくなっている。」
「4.ソフトパワー:孔子学院は中国のよいイメージだけを紹介し、中国文化については中国のイメージを和らげるものにだけ焦点を当てる。彼らは中国の政治的な歴史や人権蹂躙からは目をそらし、台湾やチベットは議論の余地がない中国の領土だと主張する。また、恣意的に選択された知識だけを持ったアメリカの学生を育てている。」
さらに、この中には含まれていないが、ブリティッシュ・カウンシルとの比較で出てきた「大学の評判へのただ乗り」という問題もある。ブリティッシュ・カウンシルに通う人は、ブリティッシュ・カウンシル自体に魅力を感じている(筆者もその一人)が、孔子学院に通う学生は、受け入れ大学に魅力を感じて入学したところ、たまたまそこに孔子学院があっただけなのである。しかも驚くべきことに、NASの調査によると、アルフレッド大学、ビンガムトン大学(いずれもニューヨーク州)、ラトガース大学(ニュージャージー州)など、いくつかの大学は、孔子学院で提供される授業の単位を、受け入れ大学の単位として認めているのである。
日本では13大学で設置されていることが確認された孔子学院だが、アメリカではNASのホームページによると、121大学に設置されていた(「閉鎖」されたとされるものを含む)。日本で孔子学院が設置されている大学のうち、早稲田大学以外は全国レベルの知名度のある大学とは言い難いが、アメリカでの設置大学(同上)は、全米大学ランキングで上位に入る大学も多く含まれている。スタンフォード大学(3位)、シカゴ大学(5位)、コロンビア大学(11位)、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(13位)、ワシントン大学(21位)、イリノイ大学アーバナシャンペーン校(22位)、ペンシルベニア州立大学(24位)、パデュー大学(27位)、カリフォルニア大学デービス校(30位)などである。
Ranked: The top 100 universities in the USA | Top Universities
日本とアメリカにおいて、孔子学院が設置されている大学の数や知名度の差が何に起因するのかを即答するのは難しい。しかし、数が多ければ多いほど、知名度が高く、優秀な学生が集まる大学であればあるほど中国の世界戦略にとって都合がよく、受け入れ国の言論の自由、ひいては安全保障上の脅威であることは疑いの余地がない。