2020.12.31
人体実験で作られる!? 超人兵士
2020/12/31 的場 博子
超人兵士(スーパーソルジャー)を、フランスの倫理委員会が了承した。西側先進国が倫理的な問題を超えて、人体を改造するかもしれない領域に踏み込んだ衝撃は世界を巡った。
2020年12月4日、フランス軍事省フロランス・パーリー軍事大臣は、防衛デジタルイノベーションフォーラムで「倫理と身体強化兵士」について、軍保健サービスの中央部長や軍司令官、倫理委員会委員長と同席で講演を行い、「私たちは今日、全てのタイプのグレーゾーン分野の開発を可能にする能力と、侵略するテクノロジーに、前代未聞の戦争の中で直面している。このグレーゾーンとは、例えば、戦闘員と非戦闘員、潜行的な活動と想定される活動、倫理的な閾値も例外ではない。しかし、これらの新しいテクノロジーはグレーゾーンルールの欠如と組み合わさっているが、私たちの価値観を否定するべきではない」と述べた
さらに「この経緯で防衛倫理委員会を創設した。倫理は軍隊の存在理由の基礎である。しかし新しい技術は新しい疑問を提起する」と慎重さも見せた。
仏軍事省が、倫理観を乗り越えて取り組んだ理由は、ロシア軍の遺伝子研究や中国軍のゲノム編集技術や脳増強手術による超人兵士に関係するかもしれない。
2019年にロシア政府は、優れた軍人の育成に向けて、遺伝子情報で優秀な人材を選出する「遺伝子情報パスポート」計画を立ち上げた。同年3月、プーチン首相は生物化学兵器による被害を抑えるために、2025年までに国民に遺伝子情報パスポートを交付する考えがあると発表していた。
ロシア国営タス通信によると、同国の代表的な科学者アレクサンドル・セルゲーエフ氏がこの計画について、個人の生理学的指標を見るだけでなく、重要な局面でどのような行動を取るか予測も加える、と話している。たとえば、兵士のストレス耐性や戦闘遂行能力が予測できれば、陸海空のどこの領域に最も適しているかが分かるのだ。このような科学技術の利用についてセルゲーエフ氏は「科学技術は急速に進化している。国家防衛で最も危惧するのはテクノロジーで遅れをとることだ」と示唆した。
2020年12月17日、NBC Newsのケン・ディラニアン特派員によると、米国情報部首脳は、「中国が生物学的に強化された能力を持つ兵士の開発を目的に、人民解放軍を対象に『人体実験』を実施したことを明かした」と、発表した。
同記事によると、「2019年、新アメリカ安全保障センターの中国防衛技術の専門家エルサ・カニア氏と、中国事情のコンサルタントで元海軍将校のウィルソン・ヴォーンディック氏は、中国のバイオテクノロジーを戦場に用いる野心について検証し論文発表した」とのこと。
その論文には、ゲノム編集技術で中国が兵士の能力を高めることに関心を持つ兆候があるとした。用いている技術は、CRISPR(clusters of regularly interspaced short palindromic repeats)と呼ばれるゲノム編集ツール。これは遺伝性疾患の治療や植物遺伝子の組み換えに利用されてきた。
実は、この技術は遺伝子の一部が欠けている無痛症患者の研究と関係が深い。
その症状は、切り傷や骨折、火傷など放置すれば死に至るような重篤な怪我でも痛みを感じない、というものだ。この無痛症の原因は、痛覚に関係する遺伝子が欠損しているために起こる。さらに恐怖や不安も感じないので、兵士にこの遺伝子操作を行えば、痛み、不安、恐怖を感じない、負傷の痛みも死の恐怖も感じずに戦い続ける戦闘ロボットのような能力を備えるわけだ。
欧米の科学者は、健常者の能力を向上させるために遺伝子を操作するのは非倫理的だとみなしている。前述の元海軍将校は「遺伝子を弄り始めると、予期せぬ結果が起こる可能性がある」と警告する。
この他にも、経頭蓋磁気刺激法(TMS)という技術がある。中国人民解放軍軍事医学科学院博士の趙潤州氏の2016年6月の論文によると、「TMSは、軍人の認知と制御に適した核心技術で、脳認知原理の基礎研究に基づいて、『脳の保護』を優先、かつ『脳の増強』という将来を見据えたリサーチを行い、我が軍の認知能力の優位を確立する技術サポートを行う」としている。
このような中国の研究について、アメリカ国家情報長官でテキサス州の共和党元下院議員のジョン・ラドクリフ氏は、ウォール・ストリート・ジャーナル紙に「中国は合衆国へ安全保障上の顕著な脅威をもたらすとし、北京政府の権力追及には倫理的な境界は存在しない」と寄稿し、警戒を促した。
冒頭のフランス軍事大臣の講演によれば、倫理委員会が関心を持ったのは「健康な組織(体の一部)を改造する」という点であり、「現在、カフェインやワクチン接種を超えた『体の改造』は私たちの軍隊では存在しない。しかし、多くの民間人がその技術開発分野に従事している。例えば、シリコンバレーの企業家によって設立されたスタートアップの、脳に埋め込んだ小さな電極や、視力を高め双眼鏡から解放される眼科手術すでに存在する。他には接続されたシステムをコントロールするためのインプラントは開発中である」そして、「私たちは強化兵士を否定しないが、強化方法を選ぶ。私たちは常に『改造』の代替策を探す。つまり、アイアンマンの鎧であれば認めるが、スパイダーマンの遺伝子変異は認めない。兵士はインフォームドコンセントを受けなければならない」
さらに、重要なことは「強化兵士の改造は可逆的でなければならない。兵士は全人生が兵士ではない。私たちは兵士の民間人の生活への復帰を予測する必要がある」と述べている。
近年、無人機による戦闘は増加している。一方、そのカメラ性能や通信技術、コストなど、まだ課題が多い。そこで倫理問題をのり越えて強化兵士に青信号を出したフランス。
但し、兵役後の兵士が通常の生活に戻れるかという問題は残っている。各国で開発競争も垣間見える。使い捨てにならないで除隊後も考慮された強化兵士を、フランスがどう育成するか注目したい。
出典)
フランス軍事省
NBC News
Forbes JAPAN
https://forbesjapan.com/articles/detail/27722
中国人民解放军军事医学科学院、博士:趙潤州
http://d.wanfangdata.com.cn/thesis/D01297337
User:Stefan Kühn – Eigenes Werk
Operation (Ausstellung im de:Science Museum London (Wissenschaftsmuseum London))