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2023.11.27

晩秋の夜に消えた反戦デモ

晩秋の夜に消えた反戦デモマリエン広場市庁舎     団体「ミュンヘンが立ち上がる」 筆者撮影

 

10.11.2023 吉岡綾子(ミュンヘン在住)

 

ある秋の日、不思議な体験をした。それは惨事に近いものであったのに一瞬ののちに消え去ったのだ。全てが幻であったかのように翌朝から街はいつもの落ち着きを取り戻していた。筆者の脳裏に燻る記憶の残滓が消えてしまわぬうちに、そこに厳としてあった事実を書き残し分析を試みてみたい。
 

筆者は令和5年11月9日18時ちょうどにドイツ・ミュンヘンの旧市街中心地マリエン広場駅(地下)に到着した。日本からの客人と落ち合う約束をしていたのだ。その時事件は起こった。
地下の商店街へ出るエスカレーターに乗っているとけたたましいサイレン音と共に大音量で「火災発生につきすぐに避難せよ!」の音声が独英両語で繰り返し流され始めた。
 

地下商店街に辿り着くとそこは既にカオスと化していた。警察官が地下鉄口にバリケードを貼り巡らせ人々は地上へと逃げ、或いは地上から避難するものもあり混乱の極みであった。
危険と判っている。その場からすぐに立ち去るべきだが、日本からの客人の安否を確認せねばならない。右も左もわからぬ旅行客を放って逃げる訳にはいかない。何より待ち合わせ場所をここと指定したのは他ならぬ筆者なのである。火災の状況は未知だった。だが少なくとも煙も炎も視認出来ない。
 

そして客人を探して「安全な」筈の地上に出て更にショックを受ける。マイクで叫ぶ声、シュプレヒコール、腹に響く爆音、怒号、プラカート、煙、旗、行進、、ちらちらと目に映る文字を追いつつ、今、自分は反戦デモの中心部に入り込んでしまったのだと悟る。
 

「武器の無い平和を!(Frieden ohne Waffen!)」
「戦争反対!(gegen Krieg!)」
 

火薬の破裂音と火のような光を間近に見る。打ち上げ花火もあがっている(花火はドイツでは大晦日と公式の祭以外では禁止)。一部警察と揉み合いになっている人々。無闇に筆者に掴みかかろうとする手を払いつつその群衆の波から脱出を図る。これは「水曜デモ」という名の集会で主催団体の看板が見える。「ミュンヘンが立ち上がる(München steht auf!)」①(写真右)
 

幸いにして客人とは再会出来て慌ててその場を離れる事が出来た。ただし、広場を去り際に横目にチラリと目に入った光景に違和感を覚えた。それは数台の清掃車と清掃職員(肌色の濃い外国人)達が脇で待機している姿である。彼らの出で立ちには、イベントの終了を待ち構える予定調和の兆しがあり、たった今筆者の体験した「危険」の数々がニセモノであったかの様な欺瞞の匂いを感じた。
そう、これはあくまでもデモであり戦争やテロでは無いのだ。終わりのあるとあらかじめわかっている騒動に過ぎない。
 

ともかく自宅に落ち着いたのちに、先程自分の身に降り掛かった出来事の正体を知るべく報道を検索するも見つからず、我が目を疑った。散々キーワードを変えた後、翌日も午後になって出てきたのは三流紙と名高いビルト(Bild)紙にわずか1〜2行、それから南ドイツ新聞であった。
 

「水曜日の夜にFCバイエルンと対戦したトルコのクラブのサポーター数名がミュンヘン警察に逮捕され、そのうちの1名は反イスラエル扇動の罪で逮捕された。
 

FCバイエルン・ミュンヘンとガラタサライ・イスタンブールのチャンピオンズリーグ・グループ戦の前に、水曜日、トルコのサッカークラブのファン約1,000人がマリエン広場で花火を打ち上げた。木曜午後になって初めて判明したことだが、反ユダヤ主義的な事件もあった。オランダから訪れたガラタサライファンは市庁舎に貼られたイスラエル国旗の方向に中指を立てた。彼はまた、反イスラエル的侮辱を叫んだ。26歳の男は外国の国旗に違反した疑いで通報された。刑法によれば、外国の国章に対する「侮辱的ないたずら」は罰金または懲役刑に処される可能性がある。トルコのクラブのファンは、「パレスチナ解放」と書かれたパレスチナカラーの10平方メートルの横断幕をマリエン広場に広げた。市庁舎前で焼失したロケット砲台の1つも、赤、白、緑、黒の色(=パレスチナ国旗 筆者註)を示したと言われている。花火を使用したとして3人が逮捕され通報された。地下鉄マリエン広場とSバーン駅は一時閉鎖された。」②
 

「何千人もの人々が熱狂的に祝う。
ガラファンはマリエン広場を占める。
 

ガラタサライ=イスタンブールのサポーターはこの試合を心待ちにしていた。チャンピオンズリーグのバイエルン・ミュンヘンとのグループ対決の前には、約1,000人のファンがマリエン広場に集まり、無許可の花火を打ち上げたり、ファンの応援歌を唱えたりしている。この古く由緒ある場所は通常ならばバイエルンのタイトルパーティーに使用されているが、現在はそこに黄色と赤の旗が掲げられている。和やかな雰囲気の中に余韻が残る。同時に、ミュンヘンでは予告なしのパレスチナ解放デモが行われているが、これは本来、市長によって禁止されている。ただし、事件は無かった。警察の広報担当者によると、ガラファンは市内中心部を平和的に移動して行った。」③
 

バイエルンミュンヘンのお祭りにパレスチナ解放分子が紛れ込んでいたと報道していた。。因みにドイツは反イスラエルデモ禁止令が出ている。
 

いや、これは違う。筆者は確かにデモの行進を、数々のプラカードを見たし、そこには危険なほどに暴力的な空気が溢れていた。
 

サッカーの催し物は16時からだから筆者の到着した18時ごろには別の団体が代わりに占拠していたことになる。デモ団体「ミュンヘンが立ち上がる」はワクチン接種の自由やWHO脱退を訴える反グローバリズム団体だ。現在勃発している中東紛争に対してはどちらかに与するわけではなく「話し合いによる解決」を標榜している。極右政党と言われている「ドイツのための選択肢(AfD)」と主張の似た面もあるがあくまでも話し合いによる平和的解決を願う超党派の団体のようだ。プラカードにも特定の国や団体を特定させる様な表記は無かった。つまり合法。だが花火もデモ隊で見た。やはり反動分子が中に紛れ込んで平和デモを撹乱させていたと見るべきであろう。筆者も押し合い掴みかかられそうになったり暴発音を間近で聞いたりと怖い思いはしたものの結果無傷であったし新聞報道によれば死傷者は出ていない。過激分子も場に応じて「引き際を心得た」扇動をしていた?ということなのだろうか?
これ以上は真実を知ることはできない。ただ報道などから得た知識によると、正真正銘の?反イスラエル/反パレスチナを標榜するデモは筆者が体験したものよりももっと過激なようだ。
 

左上の写真は翌朝のマリエン広場である。翌朝一番の仕事がこことは悪夢そのものである。広場に着いた途端、前日のトラウマで震えと吐き気が止まらなかった。繰り返すが、本物の戦争であったらどうなるのだろう?
広場に聳えるミュンヘンを代表する建造物である市庁舎には現在、ウクライナとイスラエルの国旗が掲げてある。国家としての立場を旗幟鮮明にしているのだ。ドイツはNATO加盟国であるから親ウクライナであるし、ユダヤ問題を歴史に負っている身としてイスラエル寄りでもある。ただし首都の市庁舎にたなびく旗は、同時に異なる考えや意見を持つものを否定する威圧感に満ちている。そう感じるのはもちろん筆者の主観でしかない。
しかしこの威圧感を感じる「癖」が付いてしまったのは、筆者が3年前からコロナ・ワクチン時代に経験した様々の抑圧からくる恐怖を心が忘れていないせいなのだ。パンデミックに異を唱える者、接種を拒否する者は「斜めにものを見る者(Querdenker)」として魔女狩りに遭った。買い物も外出すら制限された。
 

サッカー集会や平和デモに紛れ込んで扇動する者達は過激派でありむやみに暴動を呼び込む工作員であるのだろう。しかし同時に真に平和でフェアな論議を拒む空気が暴力を育んでいるのだと、そのような国家に社会に生きているのだと新たに心が引き締まったものだ。
 

①: https://muenchen-steht-auf.de/

②: https://www.sueddeutsche.de/muenchen/champions-league–galatasaray-istanbul-marienplatz-fc-bayern-muenchen-pyrotechnik-1.6300625

③: https://www.bild.de/video/clip/sport-videos/muenchen-ist-gelb-rot-gala-fans-nehmen-marienplatz-ein-86028358.bild.html

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