2021.01.18
スイス人の疑問
「その中国人はなぜ、彼らの政府を憎まないのだろう?」
2020/01/18 的場 博子
スイス連邦は大統領も政策も国民が投票で決める国である。2020年12月6日、日刊紙 Le Tempsは「なぜ、中国人は彼らの政府を憎まないのだろうか?」という意見記事を出した。
その2日後、中国国営メディア環球時報は、その記事の内容を全て書き換えて、人民に向けて報道した。これについて、12月23日台湾のシンクタンク国防研究院の中共軍・作戦概念研究の政策分析員の陳穎萱氏は「環球時報は、原文の趣旨と大きく異なる訳文を掲載している。北京政府の政治的宣伝や人民の監視などに関する原作者の指摘を削除し、速やかにセンセーショナルなタイトルで、マイクロブログ、WeChat、知乎などのプラットフォームに拡散した」と指摘した。
スイス人が意見記事のような強い疑問を持つ理由は、スイスで国民投票が年4回も行われることを考えれば納得できる。例えば近年、徴兵制を続けるかどうかで投票が行われ、多数決で存続させると決定した。狭い国土にフランス語圏、ドイツ語圏、イタリア語圏と3つの異なる文化を有する連邦国家で国民の真意を問い、意見をまとめ、投票で結論を出し政治に活かしている。
スイスは、国民と、国民ではない人とはっきりと区別する。国民は主権者であり、政治に関与し国の在り方を決めることができる。
人口の約4分の1は外国人が占めるスイスだが、国政に関わる選挙に外国人参政権を認めていない。なお、州レベルではフランス語圏で国土全体の約1割に相当する地域の自治体に限り、外国人参政権を認めている。一方ドイツ語圏の地域では参政権は認めていない。スイス全体では、納税者のうち4分の1は参政権を持っていないし、国民の3分の1は選挙権をもっていない。
バーゼル・シュタット準州で、移民統合政策担当の元代表トーマス・ケスラー氏は、「国内のドイツ語圏では、参政権に関しては慎重だが、外国人の利益のために嘆願書を提出したり、外国人にも教育委員会や各種団体への参加の権利を与えたりする」ことでバランスをとっている、と話している。
さて、海外メディアの情報を改変して報道している中国共産党は、自国に不利な内容は全てデマと判定し、打ち消しの専門部局を設立させた。前述の台湾のシンクタンクによると「2018年に中国共産党中央サイバー空間情勢指導グループ事務局は、『中国ネット連合デマ打ち消しプラットフォーム』を設立した。さらに、武漢コロナウィルス発生後は、疫病対策専門のデマ打ち消しサイトを立ち上げている」さらに「中国の官報は、国内での信用力がないことを自覚しているので、外国メディアの文章を直接翻訳し、外国の学者の論述を引用して添削し、原文にない見出しを作り直し、ニュース再作成のコストをより低く抑える」と報告している。
前述のLe Tempsの意見記事の疑問「なぜ中国人は彼らの政府を憎まないのだろう?」について、話を戻すと、その理由として、中国の現役世代が、彼らの親が若かった頃の厳しく貧しかった時代よりも現在のほうが良いと思っていることに着目している。
現在GDP世界第二位の経済大国になった中国だが、つい30年位前までは、経済的に貧しい国であった。沿海部の都市人口密度は高いが、主要な産業は育っておらず、内陸部は、ほとんど開発されていなかった。さらに当時、北京で筆者は文盲の人が少なくないと感じたことを思い出す。
その後、急激な経済成長を遂げ、進学率も向上し現在に至る。つまり、現在の50〜60代世代は貧しかったが、現在の若者世代はその頃よりもかなり経済的に恵まれた生活を送っているのだ。特に約9000万人以上いる中国共産党員とその周辺の人々は資産を蓄えている。
Le Tempsは「中国共産党はマルクスや毛沢東ではなく、ニュータイプの儒教を持ち込んだ。この2000年前のイデオロギーは、共通の権威の下に個人の服従を提唱している。中国人は集団的繁栄と引き換えに自由の一部を放棄する意思がある」と、中国政府が駆使するメディア戦術などを分析している。
マスメディアの影響で、世界の人々や国が動くさまを見ながら、中国とは異なる角度から、日本人も過去の報道などで意識を左右されていないか不安になった。
例えば今回の取材のなかで、スイス政府が1998年6月の天安門事件後にどう動いていたかを知った。スイス政府は同事件の4ヶ月後には、水面下で中国と関係修復していた。その後スイスはアメリカやEUに次ぐ規模の貿易相手国になった。
一方、日本では「同事件の一年後、天皇陛下訪中。それがきっかけで各国が中国と関係修復し、その結果中国は急成長した」とネットメディアは伝えている。中国の事件隠しと急成長に加担した日本という一面のみを日本人は記憶してしまったかもしれない。日本人も広く情報を掴み、ときには操る術がなければ、生き残ることは難しいかもしれない。
出典)
スイスの新聞 Le Temps
https://www.letemps.ch/opinions/chinois-ne-haissentils-gouvernement
スイスインフォ(日本語訳版)
https://www.swissinfo.ch/jpn/外国人参政権_スイスに住む外国人の参政権-自治体で大きな違い/42462434
台湾 財団法人国防研究院の中共軍・作戦概念研究の政策分析員;陳穎萱氏(2020-12-23)
環球時報
http://www.ckxxbao.com/huanqiushibaodianziban/311820_6.html
Rama — Travail personnel