
令和8年6月16日
シンガポール在住 大下千恵
ドイツのAfD(ドイツのための選択肢)、英国のReform UK(リフォームUK)など、近年欧州では既成政党に対する不満を背景に支持を拡大する政党が注目を集めている。一方、日本ではあまり知られていないが、オーストラリアにも同様に存在感を高めている政党がある。それが1997年に地方都市でFish & Chips店を営んでいたPauline Hanson氏によって設立されたOne Nationである。
オーストラリアでは長年、労働党(Labor Party)と保守連合(Liberal-National Coalition)が政権を争う二大政党制が続いてきた。しかし近年、その構図に変化が見え始めている。背景にあるのは、深刻化する住宅危機と生活費高騰である。
現在のオーストラリアでは住宅価格や家賃の上昇が大きな社会問題となっている。主要都市では住宅取得が困難となり、若年層や中間所得層を中心に「家が買えない」「家賃が高すぎる」といった不満が急速に広がっている。住宅供給不足も続いており、ホームレス人口の増加や賃貸住宅不足が社会問題化している。
こうした状況の中で、その受け皿となっているのがOne Nationである。同党は移民抑制や「オーストラリア人ファースト」を掲げる政党として知られているが、近年では住宅問題や生活費高騰に焦点を当てた政策を積極的に発信している。
■ One Nationの住宅政策
・移民受け入れ数の大幅削減
・外国人による住宅購入規制
・住宅購入時の年金資産活用
・住宅関連税負担の軽減
・空き部屋やグラニーフラット(敷地内の離れ住宅)活用促進
・住宅開発規制の緩和
・低価格住宅供給の拡大
などを提案している。(1)
同党は、近年の人口増加や移民流入の拡大によって住宅需要が急増し、それが住宅価格や家賃の高騰を招いていると主張している。住宅問題の原因を住宅供給の不足だけでなく、需要の増加にもあると捉えている点が特徴である。この考え方が住宅問題に不満を抱く有権者の支持を集めている。
■ One Nationの急激な支持率増加
その結果、One Nationの支持率は急速に上昇している。
2026年に公表された一部の世論調査では、一次投票ベースでOne Nationが31%の支持を獲得し、労働党や保守連合を上回る結果も報じられた。これまで第三勢力と見なされていた政党が二大政党を上回る支持率を記録したことは、多くの政治関係者に衝撃を与えた。(2)
そして、この支持拡大に最も危機感を抱いているのが与党労働党である。
2026年5月、労働党は支持者向けメールやSNS広告を通じて、「One Nationの勢いを止めるための寄付キャンペーン」を展開した。広告では「One Nationが議席を獲得する前に阻止しなければならない」と訴え、支持者に資金提供を呼びかけた。
通常、主要政党が小政党を名指しして資金集めを行うことは極めて珍しい。むしろ、この行動そのものが労働党の危機感を象徴していると言える。
長年オーストラリア政治は労働党と保守連合による二大政党体制によって支えられてきた。しかし、近年は保守連合だけでなく労働党支持層の一部もOne Nationへ流れ始めていると指摘されている。
特に住宅問題や生活費高騰の影響を強く受ける地方部や労働者層では、「どちらの既成政党も問題を解決できていない」という不満が広がっている。
これに対し、One NationのPauline Hanson党首は即座に反撃した。
同氏は労働党のキャンペーンを「国民の不満から目を背ける政治的攻撃だ」と批判し、「Fire the Liar(嘘つきをクビにせよ)」キャンペーンを開始した。
このキャンペーンでは、現政権が住宅問題や生活費問題について有権者との約束を果たしていないと主張し、移民政策やエネルギー政策についても厳しく批判した。
「国民を欺いているのはOne Nationではなく現政権だ」というメッセージは、多くの支持者の共感を呼び、開始からわずか24時間で約200万豪ドル近く(約2億円)を集めたとされる。(3)
労働党がOne Nationを攻撃することで支持を抑えるどころか、逆にOne Nation支持者の結束を強める結果になったとの見方もある。
■ 欧州、日本への影響
この現象は欧州で見られる政治変化とも共通している。
ドイツのAfD、英国のReform UKなども、当初は「ポピュリズム政党」と見なされていた。しかし住宅問題、移民問題、生活費高騰などへの不満が積み重なる中で支持を拡大し、既成政党にとって無視できない存在へと成長した。
One Nationも同様に、単なる一過性のポピュリズム政党ではなく、既存政治への不満を吸収する新たな政治勢力として位置付けられつつある。
もちろん、支持率の上昇がそのまま政権獲得につながるわけではない。オーストラリアの選挙制度や議席配分の仕組みを考えれば、依然として課題は多い。しかし、与党が異例の反One Nationキャンペーンを展開し、それに対してOne Nationが全国規模の資金調達キャンペーンで応戦した事実は、同党がもはや無視できない存在になっていることを示している。
日本ではOne Nationの知名度は決して高くない。しかし、住宅問題や生活費高騰が政治的支持構造を変化させ、既成政党への不満が新たな政治勢力を押し上げる現象は、日本にとっても決して無関係ではない。
住宅問題という身近な課題が政治を大きく動かし始めているオーストラリアの事例は、今後の日本社会を考える上でも参考になる事例ではないだろうか。
【参照記事】
(1) https://vic.onenation.org.au/housing-policy
(2) https://www.reuters.com/world/asia-pacific/australias-far-right-party-leads-national-poll-first-time-2026-06-01/
(3) https://thenightly.com.au/opinion/mark-riley-pauline-hansons-hit-list-shows-one-nation-is-going-all-out-as-fire-the-liar-takes-off-c-22416395