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前夜〜総選挙を控えたドイツ政治状況

Xでのマスクvsヴァイデル対談

令和7年2月12日 吉岡綾子(ドイツ在住)

崩れゆく断崖に立つ国家

毎日がドラマだ。

2月23日に総選挙を控えるドイツでは、凄まじい攻防、駆け引き、権謀術数が続く。移民、エネルギー、経済問題に喘ぐドイツ。崩れゆく断崖に立つこの国のリーダー達は、なんとか地盤固めをしなければと奔走する者や未だに崖っぷちに立たされていることを認めようとしない者、責任転嫁に走る者、その他各種さまざまな思惑が乱れ飛び、取っ組み合いの喧嘩をしているかのようだ。この混乱下にドイツ国民はいかなる審判を下すのか?まずはここまでの状況を出来るだけシンプルに伝えていこうと思う。(現政権であるショルツ率いる信号機連立政権崩壊に至る経過は筆者の前回の記事を参照いただきたい。)

ドイツでは旧来の大政党に加え、昨年以来二つの新興政党が躍進を遂げている。極右と評されるAfD(ドイツのための選択肢)と極左に出自を持つBSW(サラ・ヴァーゲンクネヒト同盟)である。BSWは昨年(2024年)立ち上げられたばかりの新政党であるにも拘わらず、先年実施された欧州議会選挙において堂々の6議席を獲得し、一躍国政政党の地位を占めた。この2つの政党は立ち位置こそ両極にあるものの、主要政策ではウクライナ戦争終結に移民阻止政策と一致を見せている。左右で政治色をカテゴライズする無意味さを改めて示す現象である。

BSW、跳躍と転落〜AfD排除が見せた裏目

昨年、彗星の如く現れたBSW。欧州議会選挙では6.2%の支持率と6議席を獲得した。しかし、党首であるヴァーゲンクネヒト女史の人気で飛ぶ鳥を落とす勢いがあったBSWに翳りが見えた。その契機は明白だ。
欧州議会選挙からわずか数か月後の昨年9月のことである。テュービンゲン州選挙ではAfDが第1党となった。が、その際、AfDを与党にさせぬため第2党であるCDU(キリスト教民主同盟)、第3党BSWそして第5党であるSPD(社会民主党)という、それぞれ信条がバラバラの3党が過半数議席獲得のためだけに連立(ブラックベリー政権=黒+紫+ピンク)を打ち立てたのである。AfDに政権を取らせないためだけの節操なき連立にBSWが参戦したことは、国民をいたく失望させた。これでは既存の腐れ政党と同じではないか!BSWの支持率は一気に下がり、目下失地の回復を図るべく奔走中と言ったところである。

世界的に注目されるAfDとアリス・ヴァイデル

   Only the AfD can save Germany !

「AfDだけがドイツを救える!」イーロン・マスク氏の「推し」によって、知る人ぞ知るドイツの「極右」政党は一気に世界から注目を浴びる存在となった。明快かつ迫力あるスピーチで知られるAfD共同代表アリス・ヴァイデル女史はX上でマスク氏と対談を行った。この対談は英語によるライブ配信だけでも何百万もの人が視聴した。録画まで含めると億超えの再生回数と言われている。これに対し、翌日のドイツ大手メディアはこのイベントを酷評、マスク氏の内政干渉と非難した
しかしながらマスク氏はマスコミの批判などどこ吹く風と、続く1月25日のAfD選挙集会にオンラインにてサプライズ出演、「ドイツの誇りを忘れるな!」と呼びかけ歓声に包まれた

これに対抗して、ドイツでは1月10日から既にドイツ全土60以上の大学・研究機関ででイーロン・マスク氏の所有するX(旧ツイッター)使用の禁止が発表されている。既存勢力とトランプ、マスク等新勢力、或いはグローバリズム対反グローバリズムという闘いの図式がここに明確に現れている。

CDUはどこと連立を組むのか?

そしてCDU はどこと組むのか?今やそれだけが問題だ。ドイツでは通常、一党が過半数を占めて政権与党となることは無く、連立政権を組むのが常である。
国会で過半数を取るために第一党であるCDU(キリスト教民主同盟、ここではCSUキリスト教社会同盟も含める)が連立可能な相手の選択肢は、理論上はいくつもあるかもしれない。しかし現実的には二つだ。禁を犯してAfDと連立を組むか、或いはライバルのSPDと組むか?そこに緑の党或いは左派党、BSWはどのような形で「乗っかる」のか?
水面下の攻防が続く中、ドイツの社会は荒れ治安は悪化の一途をたどっている。ここ数年、不法移民によるさまざまな暴力犯罪が続いているのだ。昨年12月20日にマグデブルクのクリスマス市に車が突っ込み6名の死者、300人の負傷者を出した事件が記憶に新しい中、追い討ちをかけるかの如く惨事は起こった。アーシャッフェンブルクで幼児と成人男性が不法移民の犠牲になったのだ

これを受けてCDU党首メルツはAfDに譲歩する形で不法移民制限を強化する法案を発表した。

メルツ「そして、誰が賛成するかに関わらず、我々はそれを前進させるつもりだ」

「ファイアウォール(防火壁)は崩れ去った!」と各紙が報道した。「ファイアーウォール」とは極右と言われるAfDとだけは絶対に組まないという徹底した方針を指す表現だ。だが、この法案は明らかにAfDの主張を通したものだ。とうとうCDUはAfDと手を携えることになるのか?

ショルツ首相は「極右とのいかなる協力も禁ずるというタブーを侵す行為」と非難

しかし、この時点では、この法案はまだ成立したとは言えない。連邦議会の議事規則によれば、法案などの動議は通常、最終投票の前に3回議論される手続きを踏むからだ。

メルケルは背後から同胞を撃つ

そしてここでとびきりの隠し玉が登場した。メルケル前首相だ。16年という長期政権を担っていたドイツの顔であったが2021年の退任以来、沈黙を貫いていた。そのメルケル氏が、昨年11月に回顧録『Freiheit (=自由)』を出版し話題になった。そして1月30日、このタイミングで突如として壇上に姿を見せる。それはなんとメルツ党首を非難するためだった。

私は2025年1月29日のドイツ連邦議会での投票において、AfDの票による多数を認めることは間違っていると考えています!

原発推進派のメルツ現CDU党首とメルケル前首相はいわば長年のライバルでもある。だが、今は与党復権を賭けた最も大事な時期である。SPD及び緑の党におもねって身内のトップを撃つとはまさしく戦国ドイツのジョーカー的役割を担ったという他は無い。

そしてあわやCDUとAfDの連立なるかという土俵際で事態は翻った。

そして否決

1月31日、移民対策強化案は翻って否決された。歴史的な政治判断が一夜にして崩れ去った背景には、水面下での懐柔・取引があったという噂がある。CDU 前党首ラシェット氏のパーティがよりにもよってこの前日に行われていたのだ。政界の大物は皆ここに呼ばれた。
突然のメルケル前首相の発言、怪しげなパーティ。翌日の法案否決。そのドラマがもたらした結果と言えば、またしても何も問題解決出来ていない伏魔御殿の国会に逆戻りしたというそれだけのことである。2月11日には反極右の集会がドイツ全土で行われた。特にAfDと連立を目したCDUへの風当たりが強い。「メルツはナチスだ!」と叫ぶCDU党員の声まで聞かれるほどの反発である

置き去りにされるは国民ばかりである。
BSWが波を作ったかと思えば鎮まり、AfDがとうとう政権の座につくかと思えば阻止される。
毎年百万人を超える難民受け入れは全く問題ないと言わんばかりである。ドイツは過去の反省に基づき最大限の「人道的配慮」をせねばならない、とメルケル前首相が国会で繰り返し、大量難民を受け入れ始めたのは2015年が発端であった。あの年ですら受け入れ難民数は89万人であって100万の大台は超えていなかった。因みに当時のドイツの人口は8300万人である(現在は8400万人)。国会に民意を汲もうという政治家はいないのだろうか?

「アイツはナチスだ!」これがドイツでは殺し文句だ。ナチス疑惑さえ被せることができれば敵を追い落とすことが出来る。AfDがナチスだというありもしない出鱈目を信じるドイツ人は意外に多い。今回CDU現党首であるメルツまでもがナチス呼ばわりされるその様子は筆者に中国の文化大革命を思い起こさせる。壮絶ないじめ文化だと言い換えて構わないのではないだろうか?そこに証拠は必要ない。誰かが指差し大声で罵れば周囲が危険を感じて「引く」からだ。

総選挙目前でドイツでは連日党首討論が繰り返される。

アリス・ヴァイデル「我々の手は差し伸べられている。」

政治は国民のためのものだというお題目を忘れ去った国会。国民の審判やいかに。ドイツの総選挙は2月23日。郵便投票は既に始まっている。

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