ある日の三ケ根駅 駅前広場改修の協議会にて
「殉国七士廟参道の石碑はトイレ建設に邪魔だから撤去すべき」
と1人の議員の声がありました。その発言に対して
「お花を供えている人もいます。大切に思っている人がいる限り、簡単に撤去はしません。」
との担当者の説明があり、傍聴席にいた私は、ほっと胸をなでおろしました。
私の住む幸田町にあるJR「三ケ根駅」は、西尾市・蒲郡市・幸田町の境界にある三ヶ根山の最寄り駅です。しかし、地元の住民ですら三ヶ根山の「殉国七士廟」を知らず、なぜ駅前広場に石碑があるのかさえ知りません。
もし、行政が石碑撤去に動いたら、異論を唱える住民はどのくらいいるでしょうか。
かくいう私も、議員になってから殉国七士廟のことを知り、清掃活動に参加することをきっかけに訪れるようになりました。
殉国七士廟は、三ケ根駅から車で約18分、三ヶ根スカイラインの途中にあります。
ボランティアの皆さんが、入れ替わり立ち替わり来られて、清掃を行い、道標の看板をつけ、枝払いや草刈りをし、花を植え、誰もが訪れやすい場所になっています
東京裁判の判決によって死刑に処せられた方々 ※「殉国七士廟由来」より
東條 英機(元陸軍大将)
松井 石根(元陸軍大将)
土肥原賢二(元陸軍大将)
板垣征四郎(元陸軍大将)
武藤 章(元陸軍中将)
木村平太郎(元陸軍大将)
広田 弘毅(元総理大臣)
「殉国七士廟由来」には、死刑となった7名の軍人、政治家の遺骨を入手するまでの経緯が記され、多くの方々の尽力により、三ヶ根山上に墓石を建立されたことを知ることができ、感謝の念が湧き上がります。
東條英機と聞くと「A級戦犯」と嫌悪感を示される方も少なくありません。
以下、東條英機の証言の一部を紹介します。
また、東京裁判では
などが指摘されています。
その結果、後の国会決議により、A級戦犯を含む戦犯全員の名誉が法的に回復される動きが進みました。衆参合わせて4回に及ぶ国会決議に基づき、これらの戦犯の名誉は回復されました。「A級戦犯」は国内において戦争犯罪人ではないことは明確なのです。
三ヶ根山頂に廟が完成した昭和35年以来、毎年4月29日に墓前祭が執り行われています。
昨年は愛知県の党員有志で参拝しました。
最近では、一般の人々や観光客も花を手向けて、供養されています。
日本は侵略戦争をしていません。
大東亜戦争は、欧米からアジア植民地を開放することが目的でした。
殉国七士廟をみんなで守り、美しく保つことによって、本当の歴史を知るきっかけとなり、次世代にもつながることと信じています。
最寄り駅である三ケ根駅のある幸田町から、私の発信で、少しずつでも多くの方に知っていただくきっかけになればと思っています。
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藤本 和美
Fujimoto Kazumi
所属議会
幸田町議会議員(愛知県)
経歴
名古屋外国語大学外国語学部 卒業
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